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2025年
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ビジョナリー編集部 2025/09/03
世界中のスター選手が一堂に会し、国の誇りを胸に熱戦を繰り広げる――そんな夢の舞台が、ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)です。
本記事では、WBCの誕生秘話から歴代大会の激闘、そして直近大会で生まれた新たな潮流や、次回2026年大会の“見逃せないポイント”まで、余すところなくご紹介いたします。
WBCは、「ワールド・ベースボール・クラシック」の略称で、野球の世界一を決める国際大会です。
主催は米国メジャーリーグベースボール(MLB)機構とMLB選手会。世界野球ソフトボール連盟(WBSC)も公認し、2006年に第1回大会が開催されて以来、約3~4年ごとに行われています。
オリンピック野球が長らくアマチュア中心であったのに対し、WBCはプロ選手、しかも現役MLBのトッププレーヤーが参加できる唯一の国際大会です。
WBCが生まれた背景には、「野球の国際化」という大きな流れがありました。
1990年代後半、MLBには日本や韓国、キューバ、ドミニカなど、多国籍のスター選手が次々と参戦。米国だけのリーグではなく、「世界の野球の中心地」としての役割が強まっていました。
そこで当時のMLBコミッショナー、バド・セリグ氏が「国別の世界一決定戦、プロ野球界のワールドカップを作ろう」と提唱。最初は「スーパーワールドカップ」という仮称で議論が進みましたが、運営体制や参加国選定を巡る交渉が難航。特に日本や韓国は「MLB主導ではなく、独立した組織で開催すべき」と異議を唱えました。
最終的には、MLBと選手会が「ワールド・ベースボール・クラシック・インク(WBCI)」という大会専用団体を設立。これにより、世界中のプロ選手が“平等な立場”で参加できる土壌が整ったのです。
記念すべき第1回大会は、16カ国・地域が参加。アメリカ、日本、プエルトリコ、ドミニカ、キューバなど、野球強国が集結しました。
王貞治監督率いる日本代表が、準決勝で韓国、決勝でアマチュア最強キューバを撃破し、初代王者に輝きます。
イチローや松坂大輔、大塚晶則らが牽引し、国際大会ならではの緊張感とドラマが生まれました
第2回大会では、ダブルイリミネーション方式(2敗で敗退)のトーナメントが導入され、緊張感がさらにアップ。
原辰徳監督率いる「SAMURAI JAPAN」は、アメリカや韓国との激戦を制し、見事に連覇。
イチローの延長10回タイムリーなど、多くの名場面が生まれました。
この大会から予選ラウンドが導入され、世界各地の新興国も本戦出場のチャンスを得ました。
日本は準決勝でプエルトリコに惜敗。優勝は全勝で勝ち抜いたドミニカ共和国。強力打線と堅守、投手陣の安定感が際立ちました。
ついに野球の母国・アメリカが初優勝。
準決勝では日本がアメリカに惜敗し、2大会連続のベスト4。
決勝でアメリカは、全勝のプエルトリコを圧倒して栄冠をつかみました。
コロナ禍で延期を余儀なくされた第5回大会(当初は2021年予定)は、2023年に開催。
「侍ジャパン」は大谷翔平、ダルビッシュ有、ヌートバー、吉田正尚らメジャーリーガーと国内トップ選手が融合し、7戦全勝で王座奪還。
決勝のアメリカ戦では、大谷翔平がマイク・トラウトを三振で仕留める“夢の対決”が実現し、世界中を熱狂させました。
WBCの最大の魅力は、国の垣根を越えて集まるトップ選手たちの“魂のぶつかり合い”です。
ここでは、前回大会に出場した4人のメジャーリーガーの言葉と活躍を紹介します。
決勝前、「今日は彼ら(アメリカ選手)に憧れるのはやめましょう。勝つことだけを考えましょう」とチームを鼓舞。二刀流として投打でベストナインに輝き、大会MVPを獲得しました。
大会前、「戦争に行くわけではない。好きな野球を楽しんで全力で戦おう」と語り、若手選手の精神的支柱になりました。
“ダルビッシュ塾”と呼ばれた自主練習でチームを引っ張り、経験と知恵を伝えました。
日系メジャーリーガーとして初めて侍ジャパン入り。「野手陣が点を取れば優勝できない理由はない」と意気込み、攻守にわたる活躍でファンの心を掴みました。
彼の存在は、WBCの“国際色”を象徴するものでもあります。
「WBCのユニフォーム姿に憧れていた」と語り、メジャー移籍1年目で異例の参戦。歴代最多の13打点を挙げ、ベストナイン入り。日の丸を背負う誇りをプレーで示しました。
WBCの特徴は、世界中の多様な選手が出場できる柔軟な参加資格にあります。
このため、日系人や二重国籍の選手も多く、普段は見られない“国際色豊かなチーム編成”が可能となっています。
例えば第5回大会では、アメリカ生まれの日系人ヌートバーが日本代表入りし、話題を集めました。
WBCは、スポーツの枠を超えた「文化と情熱の祭典」となりました。
次回2026年大会では、どんな新たな伝説が生まれるのか――今から目が離せません。