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観光の恩恵と“負の連鎖” オーバーツーリズム最前線
ビジョナリー編集部 2025/10/24
旅行先で美しい景観を見に行ったら、人の波で写真も撮れなかった…そんなことはありませんか?
いま、世界中の観光地で“観光客が多すぎる”ことで起こる「オーバーツーリズム」が社会問題となっています。
単なる「混雑」や「にぎわい」ではなく、観光の恩恵と同時に地域に“負のインパクト”をもたらす深刻な現象です。
本記事では、オーバーツーリズムの本質と課題、そして国内外の先進的な対策事例を通じて、“持続可能な観光”に向けたヒントを解説します。
オーバーツーリズムとは?
「オーバーツーリズム(Overtourism)」とは、特定の観光地に観光客が過度に集中し、地域住民の生活や環境、文化に悪影響を及ぼす現象です。日本語では「観光公害」とも呼ばれています。
- 公共交通の混雑:バスや電車が観光客であふれ、地元住民が通勤や通学、通院に困る。
- ゴミやマナー違反:ポイ捨てやトイレ不足、私有地への無断立ち入り、騒音、酔っ払いの迷惑行為などが地域の美観や安全を損なう。
- 住宅や物価の高騰:短期民泊の増加で家賃が上がり、住民が住めなくなる。
- 自然・文化の破壊:環境保全が追いつかず、景観や生態系、伝統文化が損なわれる。
- 住民のストレス増大:日常生活が制約され、観光客に対して悪感情(観光客嫌悪)が生まれる。
具体例で見る「観光公害」
- 京都市:年間5,000万人超の観光客が押し寄せ、市バスは常時満員。祇園では舞妓さんの無断撮影や追いかけ行為が社会問題化しています。
- 岐阜県白川村:人口約1,600人の村に年間200万人超が来訪。ゴミ、騒音、交通渋滞、私有地侵入が住民の悩みの種です。
- 北海道美瑛町:美しい丘や池を背景に私有地へ無断立ち入りが相次ぎ、農家は泣く泣く並木を伐採する決断を強いられました。
一見、“観光地がにぎわうこと”は良いことのように思えます。しかし、それが度を超すと、住民も観光客も誰も幸せになれない“逆転現象”が起こるのです。
なぜオーバーツーリズムが進行するのか?
背景には「旅行の大衆化」と「SNS時代」の到来
近年、LCC(格安航空会社)の普及やビザ要件の緩和、予約のオンライン化によって、海外旅行が一気に身近になりました。
さらに、InstagramやX(旧Twitter)などのSNSで「インスタ映えスポット」が拡散されることで、特定の観光地に“一気に人が押し寄せる”現象が加速しています。
- 京都の伏見稲荷大社や奈良の鹿は、海外のSNSで「絶対行きたい日本スポット」として拡散され、訪日外国人の人気観光スポットに。
- 美瑛の青い池も、SNSの投稿で一気にブーム化し、住民の生活圏にまで観光客が押し寄せる事態に。
インバウンド需要の回復と“観光復活バブル”の波
新型コロナによる入国制限が解除され、2024年には訪日外国人数がコロナ前を上回る勢いで急増中です。
観光業の復活は日本経済にとって追い風ですが、そのスピードにインフラやマナー啓発、地域の受入体制が追いついていないのが現実です。
オーバーツーリズムの弊害──「誰も得しない悪循環」
地域住民にとって
- 通勤、通院、買い物など日常生活が大きく制約される
- 住宅や物価の高騰で地元に住み続けられなくなる
- 騒音や治安悪化への不安、観光客マナーに悩む
- 地域の文化やコミュニティが破壊されていく
観光客にとって
- 混雑で本来の景観や体験が楽しめない
- 移動や食事、宿泊の満足度が下がる
- 「また来たい」と思えなくなる
観光地経済にとって
- 短期的な経済効果はあっても、長期的には観光地の魅力やブランドが損なわれる
- 地元住民の離反で人材やノウハウが失われる
- 「観光地としての持続可能性」が脅かされる
世界はどう対策してきたか?──先進的な解決モデル
【1】観光客の“分散化”で混雑を緩和する
時間的分散:予約制・時間帯料金の導入
- イタリア・マチュピチュ:入場者数の上限設定と事前予約制で、遺跡や文化財を守りつつ、観光体験の質も向上させています。
- 京都・清水寺:開門時間を早めたり、ライトアップを予約制にすることで、ピーク時の混雑を緩和。
- アメリカ・国立公園:タイムドエントリー(時間指定入園)を導入し、1日を通じて来訪者を分散。
空間的分散:新たな観光ルート・周辺地域への誘導
- フランス・パリ:パリ市内から近郊都市への観光ルートをPR。
- 鎌倉市:公式サイトで混雑マップを公開し、北鎌倉や長谷寺など比較的空いているエリアへの誘導を強化。
【2】観光税・入場料で「適正負担」と地域還元
- スペイン・バルセロナ:宿泊税+市独自の観光税を導入し、税収を街の清掃や文化財保護、住民サービスに活用。 税収の約40%が公共空間の改善、約30%が地域文化イベントや高齢者サービスに充てられ、住民の満足度向上に寄与しています。
- ベネチア:2024年から日帰り観光客に1日5ユーロの入場料を課し、クルーズ船の入港規制も実施。
- 広島・宮島:2023年から「宮島訪問税」を導入し、観光インフラやトイレ整備、環境保全に充当。
【3】規制とテクノロジーの活用
違法民泊・短期賃貸の規制
- バルセロナ:違法民泊を徹底摘発し、短期賃貸の全面禁止へ。専用チームとAIシステムでWeb監視と罰則を強化。
- 日本各地:京都や鎌倉でも民泊のエリア規制や条例強化が進行。
テクノロジーによる「混雑の見える化」
- 北海道美瑛町:AIカメラとビッグデータで混雑状況をリアルタイム可視化し、観光客の分散を促進。
- 鎌倉市:「混雑マップ」やアプリで観光客に現地の混雑状況を公開。
【4】住民主導とステークホルダー協働
- ハワイ州:予約システム導入時は居住者優遇や住民参加型フォーラムを設置し、地元の雇用創出にもつなげています。
- クロアチア・ドブロブニク:「Respect the City」プロジェクトでクルーズ客数を協定で制限し、業界とWin-Winの関係を構築。
- 沖縄・西表島:入島者数の上限設定とガイド免許制度を導入し、自然と住民生活の両立を目指す。
成功事例で見る“持続可能な観光”のヒント
【アメリカ・ハワイ】予約制と地域密着型アプローチ
- オアフ島ダイヤモンドヘッドでは、2時間ごとの来訪予約枠を設け、朝の混雑を半減。熱中症や事故も大幅減少しました。
- ハナウマ湾では入場前の環境教育動画視聴や、週1回の休息日を設けるなど、観光客の意識改革と自然保護を両立。
- 住民は無料・優先枠でアクセスできる仕組みや、運営に地元人材を積極採用することで、観光と住民生活のバランスを実現しています。
【スペイン・バルセロナ】「量→質」へのパラダイムシフト
- 宿泊施設の総量規制、短期賃貸の全面禁止、新規ホテル建設の凍結など「観光客の数を抑制」しつつ
- 長期滞在や高単価消費の促進、オフシーズン割引などで「質の高い観光」を推進。
- 観光税収の使途をオープンデータで公開し、住民還元と透明性を徹底。住民の観光業への理解と協力を得ています。
【クロアチア・ドブロブニク】「客数制限」と経済効果の両立
- クルーズ船の寄港数・下船客数を1日4,000人に制限し、混雑緩和と観光体験の質を向上。
- プレミアムツアーや伝統工芸体験、宿泊率アップなど、滞在単価を高めることで「観光客数減でも地域消費は増加」。
- 混雑状況をリアルタイムで公開し、観光客自身が行動を調整できるよう情報提供を充実。
国内でも始まる“多角的アプローチ”──日本各地の挑戦
- 京都市:バスの混雑緩和に「地下鉄+バス」のセット券導入や、「手ぶら観光」推進、混雑情報のリアルタイム発信など多面的な対策を強化。
- 白川村(白川郷):ライトアップ時は完全予約制・駐車場チケット制を導入し、1日あたりのキャパシティを明確化。観光マナー5カ条を多言語で発信し、住民・観光客双方の満足度向上へ。
- 広島・宮島:観光税で街並みやトイレ、インフラ整備を進め、「持続可能な観光地モデル」への転換を目指す。
- 沖縄・西表島:法的規制を組み合わせて1日1,200人の上限設定。世界自然遺産の保護と観光の両立に挑戦。
- 大阪・道頓堀:スマートゴミ箱や多言語案内スピーカーの導入でゴミのポイ捨てを3割以上削減。
このように、多くの自治体が“混雑分散・ルール啓発・新技術活用・住民協働”という複数の手法を組み合わせた「地域に合った対策」に舵を切り始めています。
まとめ:「観光地の未来」は“調和”にこそある
「一度行った観光地で、もう二度と行きたくないと思ったことがありますか?」
その理由が“混雑”や“マナーの悪さ”、“地域の疲弊”だったとしたら、それは観光地にとっても観光客にとっても不幸なことです。
持続可能な観光地経営には、「住民も観光客も幸せになれるバランス」が欠かせません。観光と地域の共存、その鍵は“量より質”への発想転換と、地域独自の知恵にあります。
国内外の先進事例は、今後の日本の観光戦略に大きなヒントをもたらしてくれます。
オーバーツーリズム対策に“正解”はありませんが、確かな原則はあります。それは、「地域ごとの課題を科学的に見つめ、住民と観光客、事業者、行政が手を携え、持続可能な未来像を描くこと」です。
あなたの次の旅が、地域をより豊かにし、訪れた人・迎える人の双方が笑顔になれる――そんな観光の未来を、一緒に考えてみませんか?

