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香港の大規模火災から学ぶ──日本のマンションは本当に安全なのか
ビジョナリー編集部 2025/12/17
2025年11月、香港・大埔区の高層マンション群「宏福苑」で発生した火災は、160名が死亡という未曾有の被害をもたらしました。工事現場の竹製足場や可燃性ネット、燃えやすい外壁材が火の手を急拡大させ、建物全体を炎が包み込む光景は、世界中に衝撃を与えました。
果たして、高層マンションが多い日本は大丈夫なのでしょうか。実は、日本のマンションは世界トップクラスの防火性能を備えているとされされています。しかし、油断は禁物。今、住まいの安全を揺るがす“もう一つの大きなリスク”として「老朽化」が急速に進んでいるのです。
本記事では、火災対策の現状と老朽化問題の実態、そして今後必要となる備えをわかりやすく解説します。
日本のマンションの火災対策はどこまで進んでいるのか
日本では建築基準法や消防法によって、マンションの設計・設備が厳しく規定されています。たとえば、タワーマンションでは“耐火構造”が義務付けられ、壁や床は3時間もの延焼に耐える性能を持つ材料で造られています。これにより、火災発生時でも建物全体が一気に燃え広がるリスクが極めて低くなっています。
そして、万が一火災が起きても、各住戸が“防火区画”で独立しているため、炎や煙の拡大が最小限に抑えられます。階段や共用部も防火扉で区切られており、火元の部屋を閉じれば、他の住戸への延焼を防ぐ設計です。東京消防庁の統計(2024年)でも、高層マンション火災の88%が“ボヤ”で終わっており、全体が燃え広がるような大規模火災は発生していません。
この背景には、以下のような対策が徹底されていることがあります。
- 11階以上の建物にはスプリンクラー設置が義務
- 15階以上には“特別避難階段”を設置
- 7階以上には、消防隊用の連結送水管を設置
- 屋上には、超高層の場合ヘリポートを設置
たとえば、2021年に東京・豊洲の44階建タワーマンションで発生した火災では、9階の一室27㎡が焼損したものの、1時間半で鎮火。炎は他の階や住戸に拡大せず、住民2人が軽傷を負っただけで済みました。
日本では、外壁や工事用足場、防護ネットも“難燃性”素材の使用が義務化され、エレベーターホールや共用部にも燃えやすい素材はほぼ使われていません。
つまり、日本のマンションで「全体が一気に火に包まれる」リスクは、現行法制度のもとでは極めて低いといえるでしょう。
とはいえ、「火災対策が進んでいるから安心」と言い切るのは早計です。火災の多くは住戸内の“失火”――ガスコンロやタバコ、電気ストーブからの出火が主な原因です。さらに、共用部のゴミ置き場や駐車場での放火、不審火もゼロではありません。
油断は禁物──いざという時のための「避難行動」と「防災訓練」
火災対策設備があっても、住民自身が避難経路や初期消火の方法を知らなければ、本来の安全性は十分に発揮されません。日本では、マンション防災訓練の参加率が2~3割程度にとどまっているという調査もあります。訓練が形骸化し、住民の関心が薄いこと、また管理組合の運営力が問われる点も、見過ごせない課題です。
さらに、高層階でははしご車が届かず、停電や断水でエレベーターや給水ポンプが止まると、煙による避難困難やライフライン停止が最大のリスクとなります。火災時に「どこから、どう避難するか」「煙や炎が迫ったときどう行動するか」、日ごろから家族で確認しておくことが重要です。
防災訓練や備蓄の準備、コミュニティでの助け合いが“命綱”となる場面もあるでしょう。特に、近年は管理組合主導のVR防災体験や、イベント併催で参加率が大きく向上した事例も出てきています。「うちのマンションは大丈夫」と思わず、ぜひ積極的に参加してみてはいかがでしょうか。
築40年超マンションが20年で“3倍”に
今日本のマンションが直面しているのは「老朽化」という新たなリスクです。
高度経済成長期に大量に建設されたマンションが、次々と築40年、50年を超える時代。2023年末時点で築40年以上のマンションは137万戸、20年後には464万戸に達すると見込まれています。この「老朽化」は2つの側面を持っています。
ひとつは建物そのものの老朽化です。コンクリートの劣化、給排水管や電気設備の老朽化、外壁タイルの剥落、耐震性不足――。1981年以前の「旧耐震基準」で建てられたマンションは、震度6強~7の地震で倒壊リスクが高まります。さらに部品の生産終了で修理が困難になり、漏水や停電、断水が頻発するケースも増えています。
もうひとつは住民の高齢化です。築40年以上のマンションでは、住戸主の過半数が70歳以上という調査もあります。管理組合が機能不全に陥り、修繕や建て替えの合意形成が難航。「所有者不明」や「空き家化」も深刻です。こうした状況下で修繕費や積立金の値上げは合意が得にくく、管理不全による“スラム化”(建物やエリアの適切な管理が行われなくなることで、清掃や修繕が滞り、空室や放置が増え、治安や景観が徐々に悪化していく状態)のリスクも現実味を帯びています。
たとえば、滋賀県野洲市では、放置された老朽マンションの外壁落下が問題化し、市が1億2,000万円をかけて行政代執行で強制解体に踏み切るという異例の事態も起きました。
老朽化マンションの負の連鎖
老朽化マンションの問題には、いくつかの“悪循環”が潜んでいます。
まず、分譲当初の修繕積立金の設定が低すぎるまま見直されないこと。多くのマンションでは、分譲時に販売しやすくするため、修繕積立金が意図的に低く設定されていることが少なくありません。経年劣化で大規模修繕や耐震補強が必要になっても、資金が不足し、住民負担が急増。さらに、高齢化や収入減で支払いが困難な世帯が増え、積立金や管理費の“滞納”が財政を圧迫します。
また、近年は建築資材や人件費の高騰が追い打ちをかけています。コロナ禍やウクライナ情勢で資材が値上がりし、工事費が想定を大きく上回るケースが続出。合意形成ができず、建て替え計画自体が頓挫するリスクも否定できません。
資産価値という観点でも、築年数の古いマンションは売却が難しくなり、住み替えや資産運用にも影響が出ています。老朽マンションが放置されると、地域全体の景観や治安の悪化、不法占拠のリスクも増大。「自分のマンションは関係ない」とは言い切れないのです。
再生・建て替えを後押しする新制度
こうした危機感から、「改正マンション関係法」が2026年4月から施行され、老朽化マンションの再生・建て替えを円滑に進める仕組みが始まります。
たとえば、これまで“全区分所有者の合意”が必要だった修繕や建て替え、敷地売却などの決議は、「出席者多数決」または「5分の4以上の賛成」(耐震性に問題がある場合は4分の3、災害時は3分の2)で可能に。裁判所が「所在不明」と認定すれば、その所有者は決議の母数から除外される制度も新設されました。これらの制度改正により、「合意形成が進まないために安全性が担保できない」という従来の問題が大幅に改善されることが期待されています。
さらに、地方自治体が管理不全や危険なマンションに対し、報告徴収や助言・勧告、あっせんを行えるようになりました。管理組合の機能低下や合意形成の難航に対応しやすくなることで、行政代執行のような最悪の事態を未然に防ぐ狙いがあります。
マンションの建て替えにあたっては、隣接地の所有者との合意形成を支援し、建て替え後のマンション区分所有権への“権利変換”も可能となりました。これにより、税制面の負担軽減や、柔軟な再生スキームが期待できます。
国は今後5年以内に、マンションの建て替えや土地売却の件数を2倍の1,000件に引き上げる目標を掲げています。
住民の「自助」とコミュニティの「共助」が“未来”を守る
火災対策も老朽化問題も、最終的にカギを握るのは「住民の意識」と「コミュニティの力」です。
確かに、法律や制度が整備されれば、リスクは減らせます。しかし、現場で本当に機能するかどうかは、住民一人ひとりが“自分ごと”として捉え、日々の管理や防災、合意形成に積極的に関わるかどうかにかかっています。
たとえば、防災訓練に参加し、避難経路や初期消火の方法を確認するだけでも、いざという時の被害を大きく減らせます。また、老朽化対策では、定期的な建物診断や修繕積立金の見直し、管理組合の活性化が不可欠です。管理会社や専門家の力を借りながら、合意形成を後押しする仕組みづくりも求められています。
マンションは“共同体”です。隣近所とのつながりや、管理組合の協力体制が、火災や災害、老朽化というリスクから住まいと家族を守る最大の“盾”となるのです。


