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ISSで暮らすということ──宇宙生活の現実とこれからの未来
ビジョナリー編集部 2025/12/19
「宇宙での暮らし」と聞いて、あなたはどんなイメージを思い浮かべるでしょうか。果てしなく広がる宇宙、地球を見下ろす窓、そしてふわふわと浮かぶ宇宙飛行士たち。けれど、その生活は映画やドラマで見た“夢”だけではありません。実際の宇宙ステーションでの生活は、想像を超える工夫と知恵、そして人類の挑戦に満ちています。
宇宙ステーションとは
国際宇宙ステーション(ISS)は、地球から約400km上空を周回し続ける人類最大の宇宙実験施設です。その大きさはサッカー場とほぼ同じです。日本、アメリカ、ロシア、カナダ、ヨーロッパなど15カ国もの国が協力し、20年以上にわたり運用されてきました。ISSは単なる実験施設ではなく、国境を超えた平和と連帯の象徴でもあります。
1998年に最初のパーツが宇宙へ打ち上げられて以来、40回を超えるミッションで組み立てられ、2011年に完成。これまで約250人の宇宙飛行士や宇宙旅行者が滞在し、3,000件以上の実験や研究が行われてきました。ISSは、宇宙で持続的に人が生活し、科学を進める最前線であり続けています。
地球とはまるで違う生活空間
ISS最大の特徴は、やはり「無重力(微小重力)」という環境です。私たちが普段当たり前に感じている重力がほとんど働かないため、地上では見られない現象が日常的に起こります。例えば水は丸い玉になり、体は常に宙に浮いています。歩くことはできず、壁や手すりをつかんで移動します。
この無重力下での暮らしは、宇宙飛行士たちにどんな影響を与え、どのような工夫がなされているのでしょうか。
運動
無重力の世界では、体を支える必要がないため、筋肉や骨はあっという間に衰えてしまいます。そこで、宇宙飛行士は毎日2時間程度、専用の運動機器でトレーニングを欠かしません。真空シリンダーを使った抵抗運動器具や、ゴムバンドで体を固定して走るトレッドミル、ペダルの重さを調整できるエルゴメーターなど、地上のトレーニングに近い運動を工夫し続けています。
睡眠
ベッドも布団もない宇宙ステーションでは、寝袋が最良の寝具です。寝袋を壁などに固定し、体がふわふわ漂ってどこかにぶつからないように工夫します。ISS内は常に空調ファンや機械音が響いているため、アイマスクや耳栓を使って眠る宇宙飛行士も少なくありません。どの面も「床」であり「天井」であるため、好きな向きで眠れるという地上にはない体験も特徴です。
入浴
重力がないため、水は蛇口から下に流れることがありません。そのため、ISSにはお風呂やシャワーは設置されていません。体を清潔に保つ方法は、濡れタオルにボディシャンプーを含ませて全身を拭くこと。髪を洗う時は水なしシャンプーを使い、乾いたタオルで拭き取ります。手や顔も同様にワイプや濡れタオルで清拭します。
食事
宇宙食と聞いて無機質なイメージを持つ方も多いかもしれませんが、現代のISSでは300種類以上の多彩なメニューが用意されています。保存性重視のレトルトやフリーズドライのほか、ナッツやパン、果物などそのまま食べられる食品も豊富です。日本独自の「宇宙日本食」も開発されており、味噌汁やカレーなど、地上の味を宇宙でも楽しめるよう工夫されています。
トイレ
ISSにもトイレはありますが、ここでも無重力ならではの課題があります。排泄物が浮遊しないよう、掃除機のような吸引システムを使って排泄物を回収します。個室はカーテンのみですが、常時機械音がしているため、音はほとんど気にならないそうです。
医療
宇宙ステーションには医療担当の宇宙飛行士が必ずいて、応急処置や縫合、注射まで対応できるよう訓練されています。ISSには医療キットが常備され、全員が心肺蘇生術を習得しているのも特徴です。地上の医師とも常時連絡できる体制が整えられています。
自由時間
ISSでの生活は、作業や訓練だけではありません。宇宙飛行士たちは、読書、音楽鑑賞、映画鑑賞、インターネットでの情報収集、家族や友人とのビデオ通話といった自由時間も大切にしています。なかでも人気なのが、窓から地球や星空を眺めること。地球の夜明けやオーロラ、稲妻など、地上では見られない美しい景色に心が癒やされると言います。
宇宙で暮らすことで起こる「体」と「心」の変化
無重力は、宇宙飛行士の体に多大な影響を及ぼします。顕著なのが「宇宙酔い」と呼ばれる症状です。地上では重力に合わせて平衡感覚が保たれていますが、宇宙に行くとそのバランスが崩れ、頭痛や吐き気に悩まされることがあります。多くは数日で慣れますが、個人差も大きいです。
また、重力の影響を受けないことで、体液が下半身から上半身へ移動し、「顔がむくむ」「鼻づまりになる」といった変化も起こります。宇宙に長期間滞在すると、筋肉や骨が著しく弱くなります。これを防ぐためにも、前述の毎日の運動が不可欠です。
放射線の問題も深刻です。地上は大気に守られていますが、ISSは高エネルギーの宇宙線に直接さらされます。JAXAなど各国の宇宙機関は、放射線被曝量を厳しく管理し、健康リスクを最小限に抑える取り組みを続けています。
精神面でも、狭い空間で多国籍のクルーと数ヶ月生活することは、予想以上に大きなストレスとなります。言語や文化の壁はもちろん、自由が限られる閉鎖空間での生活は、心のケアも重要な課題となっています。家族や地上とのコミュニケーション、趣味の時間、宇宙食の工夫など、ストレスを和らげるための工夫が随所に凝らされています。
宇宙ステーションの未来
ISSは2025年現在も運用されていますが、老朽化が進む中、2030年には運用終了が決まっています。
NASAは、ISSを安全に大気圏へ突入させ、燃え残った破片を太平洋の「ポイント・ネモ」(世界で最も陸地から遠い海域)に落下させる計画を進めています。そのために、SpaceX社が専用の「デオービット・ビークル(軌道離脱機)」を開発しています。ISSのような巨大な人工物を安全に処分するには、膨大なコストと緻密な計画が必要です。ISSの一部は大気圏で燃え尽きますが、完全には消滅せず、約1~4割の構造物が「宇宙の墓場」と呼ばれる海域に沈む見込みです。
この壮大な「終幕」は、宇宙開発史の一つの節目であると同時に、次なる時代の幕開けでもあります。民間企業による新たな宇宙ステーションの建設計画がすでに進行中です。NASAは今後、ISSの役割を民間に引き継ぎ、自らは月や火星探査などより遠い宇宙の探求に集中する方針です。
例えば、アクシアム・スペースは「アクシアム・ステーション」を2026年ごろから運用開始、ブルーオリジンは「オービタル・リーフ」を2027年に打ち上げ予定、スターラボやヘイヴンといった新興企業も、続々と独自の宇宙ステーション建設を目指しています。今後は、宇宙飛行士だけでなく、研究者や一般の旅行者も宇宙ステーションを訪れ、多様な実験やビジネスが展開される「宇宙商業化」の時代が本格化するでしょう。
宇宙で暮らすということ
ISSでは、宇宙飛行士たちが無重力という特殊な環境で、日々の生活を工夫し、体と心の健康を守り、地球の未来のために研究を重ねています。
ISSの運用終了は、ひとつの時代の終わりですが、その歴史は宇宙開発の礎となり、これからの民間宇宙ステーション時代への道を切り拓くことでしょう。宇宙での生活を現実のものとした人類の挑戦が、次はどんな未来を私たちにもたらしてくれるのか。 ISSの輝きは、これからも私たちの胸に灯り続けるでしょう。


