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2025

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    ガンバ大阪・水谷社長が語る、クラブ経営の本質と“勝点3”への執着

    ガンバ大阪・水谷社長が語る、クラブ経営の本質と“勝点3”への執着

    湘南ベルマーレの社長を7年間務め、Jリーグカテゴリーダイレクターとしての2年間の任務を経て、ガンバ大阪の代表取締役社長に就任した水谷尚人(みずたに なおひと)氏。パナソニックグループという強固な経営基盤を持つクラブへの就任は、多くのサッカーファンを驚かせた。

    Jリーグの構造改革を知り、また規模の小さなクラブのドラマも知り尽くした同氏の目に、ガンバ大阪という組織はどう映っているのか。サッカークラブ経営の本質、そして「勝つ組織」への改革について、水谷社長ご本人に伺った。

    Jリーグカテゴリーダイレクターを経て、ガンバ大阪の社長就任を決断した理由

    湘南を離れた後、Jリーグのカテゴリーダイレクターの職に就かれていましたが、なぜガンバ大阪の社長というオファーを受ける決断をされたのでしょうか。

    湘南の社長は、もともと8年で辞めるつもりでした。私の場合、トップを8年も務めていると、自分では「いいよ、やったらいいじゃん」と言っているつもりでも、30年の経験則から「それは違うよな」という本音が顔に出てしまい、社員がそれに気づいてしまう。そうなる前に、と考えていました。結果的にJリーグの野々村チェアマンと話をして、7年で湘南を離れました。

    当時はJリーグの構造改革の時期で、クラブとJリーグ本体のコミュニケーションを強化する必要がありました。そこで、Jリーグの理事でもあった私に、両者の橋渡し役を担ってほしいという話でした。1年ほど断り続けたのですが、最終的にお受けし、2年間Jリーグの事務所で働きました。

    ただ、リーグの事務所にいると、シーズンが始まる時のあの「ワクワク感」がほとんど感じられなかったのです。クラブにいれば、1月から練習が始まり、「今年こそ優勝するかもしれない」と全60クラブが本気でそう思える。もちろん、シーズンが始まれば現実を突きつけられるわけですが、毎週「勝った」「負けた」という刺激がある。その得難い経験を、私はもう一度味わいたいと強く感じていました。

    そんな時に、ガンバ大阪からお話をいただきました。正直、皆さん驚いたと思います。パナソニックの方がトップを務める安定したクラブですから、私が行くとは誰も想像していなかったでしょう。ガンバには30年以上在籍している知人がいるのですが、彼が一番びっくりしていましたね。

    「完成度」が高い組織だからこその課題

    ガンバ大阪は長らくJリーグを牽引してきた「完成度の高いクラブ」であると同時に、社長ご自身が変革が必要だと感じた具体的な点は何でしょうか。

    まずは変革しようと思って合流してはいません。1月に入ってから少し感じたことは、ガンバ大阪の社員は、本当に真面目で、皆さんよく仕事をされます。組織としての体制もマインドも、非常にしっかりしている。これは素晴らしいことで、変化を起こす上での重要な基盤です。

    ただ、その「ちゃんとしている」組織の中で、アイデアでも人間でも、何か「突き抜けている」存在がいてもいいのではないか 、とも感じています。変化とは、そういう部分から生まれるものです。あまりに組織がしっかりしていると、その常識の中で「これは必要ないだろう」と自分で判断し、表に出さないアイデアもあるかもしれません。

    ガンバ大阪は経営面では安定していますが、ここ10年間、優勝から遠ざかっています。経営者として黒字であれば評価されるのか――私は、それだけでは十分ではないと考えています。サッカークラブは、収支だけでなく「勝利」が重要ではないかと考えています。もちろん健全な経営は大切ですが、勝つことにこだわる姿勢を、これからさらに強めていく必要があると感じています。

    湘南時代と大きく違って驚いたのは、「連帯保証人」の扱いです。中小企業では、銀行融資の連帯保証人に社長個人がなるのが当たり前でしたが、ガンバではその必要がありません。パナソニックグループという大きな機能があるからです。Jリーグには60クラブありますが、母体となる会社の文化によって、経営のあり方はまったく異なるのだと学びました。

    スポーツビジネスと一般企業の「たった一つの違い」

    クラブチームと普通の企業が異なる点はどこにあると思われますか。

    スポーツビジネスは特殊だと言われますが、試合の「勝った負けた」や「イベント当日の天気」といったコントロールできない要素以外は、普通の会社と一緒だと思っています。

    クラブ経営を安定させるには、勝っても負けても応援してくれるスポンサーや、スタジアムに足を運んでくれるお客さんの存在が不可欠です。

    その上で、私が社員に繰り返し伝えているのは、「今やってる仕事が勝点3に繋がっていますか?」 という問いかけです。これこそが、スポーツクラブと普通の会社の、一番大きな違いだと考えています。

    営業がクライアント先で「お前ら最近勝たねえな」とか「前の試合のあの選手交代はなんだ」と責められる。これは日常茶飯事です。その時、「僕もそう思うんですよ」と同調してしまえば、クラブの一体感は失われます。「監督にはこういう考えがあったと思います」と、クラブの一員として向き合えるか。その姿勢が重要です。

    ボールを蹴るのは、僕たちではありません。ですが、全員が本気で「この試合に勝とう」と思い、勝ちにこだわって生活すれば、それは絶対に良いチームになります。 その一体感をどう生み出すかが、経営者の仕事だと思っています。

    一体感を醸成する「1on1」と「おせっかい大賞」

    組織を活性化するために「おせっかい大賞」などのユニークな取り組みを始められました。これは組織にどのような変化をもたらすことを期待していますか。

    就任後、フロントスタッフからアカデミーのコーチと、全社のスタッフ約100名と1on1を実施しました。湘南の3倍の人数で、スケジュールを組んでくれた担当者は大変だったと思いますが、約2ヶ月で全員と話すことができ、非常に良い時間となりました。

    ガンバの社員は優秀で、「こういうのどう?」と軽く言った瞬間に、すぐに準備してくれるんです。私が提案した「おせっかい大賞」もそうでした。

    一般的に最近は、職場で電話の受け答えが少し気になっても、「一言いうこと」が減っていると感じます。ハラスメントの問題もあり、面倒だという側面もあるでしょう。しかし、その「おせっかい」とも言える小さな声かけがなくなると、「この人、今日家で喧嘩してきたのかな」といった日々の変化にも気づけなくなってしまいます。お互いのことをもう少し考えてみよう、と。それがチームの一体感に繋がると信じています。

    私は私から事細かく指示するのではなく、社員が「これやりたい」と言ってきたら、「じゃあやってね」と任せるのが一番いいと思っています。僕がぼーっとしているのが一番いいんです。

    クラブ経営の醍醐味は「感動」を届ける仕事であること

    クラブチームを経営することの「楽しみ」は、どんなところにありますか。

    この仕事の醍醐味は、単に勝つことだけではありません。今シーズン、サポーターの涙を目の当たりにしたことがあります。選手が小学校を訪問する「ふれあい活動」での出来事です。高卒ルーキーの名和田我空(なわたがく)選手が訪問した際、一人の女の子が彼を見た途端、感動で震えて号泣しだしたのです。

    私たちは感動を届け、感動することで生きる仕事をしているんだと。 これこそが、この仕事の一番大切な部分です。

    目指すは「アジアの舞台に常に立ち、戦って勝つ」クラブ

    ガンバ大阪をどのようなクラブに進化させたいですか? 目指すクラブ像として、具体的なビジョンがあれば教えてください。

    パナソニックスタジアムは、皆様のご寄付でできた素晴らしいスタジアムです。選手との距離、角度、そして屋根に反響するサポーターの熱量。日本一のスタジアムだと思っています。私たちが目指すクラブ像は、「アジアの舞台に常に立ち、戦って勝つ」 ということです。

    先日、ACL2(AFCチャンピオンズリーグ2)の公式会見で、キャプテンの宇佐美(貴史)が「ガンバはこの世界の舞台にいなくちゃいけない。その意識を持たなくちゃいけない」と発言してくれました。私はその動画を切り取って、社員全員に送りました。ガンバは日本のサッカー界をリードする存在になるべきだし、なれると思っています。

    クラブには「Japan's Best Sports Experience Brand」といったアンビションを掲げていますが、私はそれを押し付けるつもりはありません。大事なのは、「その言葉を聞いて、あなたのまぶたの裏に何が映りますか」ということです。トロフィーを掲げる姿が浮かぶ人もいれば、学校訪問で笑顔になる子供たちの姿が浮かぶ人もいるでしょう。そのイメージを、もっとお互いに話し合ってほしい。

    サッカーの面白さは、試合が始まったら監督の声は聞こえない、だから 「自分で周りを見て、考えて、決めて、プレイをする」 ことにあります。18、19世紀のイギリスのパブリックスクールでは、植民地で反乱が起きた時に、自分で状況を判断し行動できるリーダーを育てるためにサッカーが用いられたと聞きます。

    うちの会社はサッカーを生業(なりわい)にしているのだから、そういう風にみんなやろうよ。自分で決めて自分で動こう。 何かあったら責任は、社長の私が取ればいいのですから。

    大阪の日常に「ガンバ」が溶け込むために

    ガンバを愛する人々に対し、水谷社長が最も伝えたいメッセージ、そして共に目指したいことは何でしょうか。

    昨日、甲子園(クライマックスシリーズ)に行ったのですが、あの雰囲気はすごいですね。街に根付いている感がすごい。神戸出身の知人が言っていましたが、関西ではゴミ捨て場でお母さん同士が会った時、「昨日タイガース勝ったね」という会話が普通に交わされるそうです。私たちの大きな挑戦は、その会話を 「昨日ガンバ勝ったね」 に変えていくことです。

    Jリーグでは、今、遠藤(保仁)選手のようなレジェンドになり得る存在が、みんなヨーロッパに行ってしまいますが、これは、選手のことや周囲の期待を考えると、今は仕方ないと思います。その多くの選手が、ヨーロッパに行く前には、Jクラブに関わっています。そのJクラブがある、「私たちの街にプロサッカーチームがある」ということは、当たり前ではなく、実はとてもありがたいことなのだと伝えたい。

    Jリーグには、過去に消滅してしまったクラブもあります。だからこそ、「私たちの街にプロサッカーチームがある」ということは、決して当たり前ではなく、実はとてもありがたいことなのです。

    でも、30年も経つと、その記憶も薄れ、あって当たり前になってしまう。Jリーグの60クラブには、本当に全部ストーリーがあります。 それを宣伝するのではなく、一つひとつ丁寧に、先人に感謝を込めて「伝えて」いくことが、私たちの使命だと思っています。

     
    写真提供:GAMBA OSAKA

    #トップインタビュー#ガンバ大阪#水谷尚人#Jリーグ

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