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Wikipedia25周年──「誰でも編集できる百科事典」はいかにして“人類の知”のインフラとなったのか
ビジョナリー編集部 2026/02/09
生成AIが当たり前になった今も、ふとした疑問が湧いたとき、多くの人が開いているのがWikipediaです。2026年1月、そのWikipediaが誕生から25周年を迎えました。
「自由な知識」を掲げ、インターネット黎明期の2001年に産声を上げたこのプロジェクトは、今や6500万本以上の記事を擁し、300を超える言語で情報がやりとりされる巨大な“知のプラットフォーム”へと成長しています。だれもが編集者になれるという大胆なコンセプトは、どのようにしてここまで成長してきたのでしょうか。本稿では知られざる誕生秘話やAI時代における新たな挑戦、そして人々を惹きつけ続ける理由に迫ります。
小さな実験から始まった「人類最大のオープンコラボレーション」
「Hello World」。これはWikipedia創設者、ジミー・ウェールズ氏が最初に書き込んだ言葉です。プログラマーの間では、新しい仕組みが正しく動くことを確かめる合図である定番のこのフレーズから、デジタル百科事典の歴史的第一歩はスタートしました。
当時のインターネットは、現在のように無数の情報が流れ込む状況ではありませんでした。ウェールズ氏と共同創設者のラリー・サンガー氏は、誰もが自由に知識を追加できる「オープンな百科事典」を夢見ていました。その前身「Nupedia」は専門家による査読制度を採用していましたが、記事執筆は進まず、数カ月でわずか24本という苦い結果に終わります。そこで生まれたのが、誰でも参加できるWikipediaでした。厳しい承認プロセスを排除したことで、一気に寄稿が殺到。わずか1年で数千本の記事が蓄積され、「専門家以外が知識を共有する」という発想が世界を覆い始めたのです。
その思想は、名前にも表れていました。前身のNupediaは「新しい百科事典(New Encyclopedia)」を意味する造語でしたが、Wikipediaは、「素早い」を意味する「wiki」と百科事典を組み合わせた名称です。知識は完成を待つものではなく、共有されながら更新されていく――その発想転換が、この名前に込められていたのです。
ボランティアが紡ぐ「知識の生態系」
Wikipedia最大の特徴は、世界中のボランティア編集者が「無償」で記事を執筆・修正し続けている点にあります。日本語版だけでも約150万本の記事、月間10億PVという圧倒的なアクセス数を誇り、3万人が日々編集作業に携わっています。
例えば、アメリカのある編集者は20年以上にわたりハリケーンや暴風雨の記録を地道に更新し続けています。パンデミックの最中には、インドの医師が医学的な誤情報を正し、命に関わる正確な情報を発信しました。また、東京在住の70歳の司書が日本語で専門知識を提供し続けるなど、多様な背景を持つ人々が“人類の知”を支えています。彼らの熱意と地道な作業が、裁判所の判決や学術論文、報道記事にまで引用される“信頼できる情報源”としての地位を築きました。
誰もが「支える側」になれる仕組み
Wikipediaの運営は、広告に頼らず、寄付とボランティアによって支えられています。大手企業や自治体からの資金援助ではなく、世界中の一般ユーザーが少額ずつ寄付を寄せることで、その中立性と独立性が守られているのです。
25周年記念の「Wikipedia 25」キャンペーンでは、ボランティアの活動を紹介するドキュメンタリー動画や、創設者のタイムカプセル、グローバルなバーチャル記念イベントが展開されています。また、公式マスコット「うぃきゅう」(Wikipediaの“W”をモチーフにしたキャラクター)のぬいぐるみや記念グッズも登場し、“読む側”だけでなく“支える側”としての参加を呼びかけています。
AI時代が問う“人間による知識”の意義
近年、AI技術が急速に進化する中で、Wikipediaの存在価値はさらに高まっています。ChatGPTやGeminiなどの大規模言語モデルの訓練データには、Wikipediaの膨大な記事群が不可欠です。GoogleやAmazon、Meta、Microsoftなどのテクノロジー大手だけでなく、AIスタートアップ各社も、ウィキメディア財団(Wikipediaを含む複数プロジェクトを運営・管理する非営利団体)と正式なパートナーシップを結び、Wikipediaの知識を自社サービスに活用しています。
興味深いのは、Wikipediaの「誰でも自由に使える」フリーコンテンツであるという設立原則が、AI時代の新たな社会インフラとしての地位を押し上げている点です。ウィキメディア財団は、AI企業がコンテンツを再利用できるようにするエンタープライズ向けプラットフォームを公開し、安定した運営資金の獲得とともに、データの構造化やアクセス性の向上も図っています。
一方で、財団自身のAI戦略は「人間の編集者」を中核に据えており、AIはあくまで編集者の負担軽減や荒らし行為の自動検出など“サポート役”に徹しています。“知識は人間のものであり、人間によって培われる”という原点は、AI時代においても揺らぐことはありません。
25年で直面した試練と、これからの進化
Wikipediaの歩みは決して順風満帆ではありませんでした。設立当初は「誰でも編集できるサイトの情報など信用できない」と懐疑的な声が多く、実際に荒らしや誤情報、意図的な編集合戦など、開放性ゆえのリスクも常に付きまといます。加えて、編集者の偏りやジェンダー・地域格差、コミュニティ内の対立といった課題も浮き彫りになりました。
しかし、Wikipediaは「自浄作用」を持つ自治組織として進化し続けてきました。記事の誤りは印刷物よりもはるかに早く修正され、世界中の多様な人々が知識の幅と深さを広げています。近年では、言語ごとの格差解消や、マイノリティー・新規参加者へのサポート強化にも取り組んでいます。
技術面でも、目の疲れを軽減させるダークモードや新インターフェースの導入、スマートフォンアプリの拡充、新たなデータセンターの開設など、ユーザー体験の向上が進んでいます。また、「アブストラクト・ウィキペディア」プロジェクトでは、信頼できる情報をあらゆる言語で利用できる仕組みの実現を目指し、知識のグローバルな共有をさらに推進しています。
「人類の最良の姿」を示し続けるために
創設者のウェールズ氏は「Wikipediaは人類の最良の姿の25年を体現している」と語ります。事実、世界的な災害やパンデミック、社会的な論争が巻き起こるたびに、膨大な人々が協力し、正確な情報を届けようと奮闘してきました。
今やWikipediaは、単なる「百科事典」ではありません。インターネットの基盤そのものであり、無数のAIやテクノロジーが参照する“知識の源泉”へと進化しました。そして何より、だれもが「知る側」であると同時に「支える側」になれる、唯一無二の場なのです。
未来へのバトン──次の25年に向けて
「知識は共有されてこそ価値を持つ」。Wikipediaの理念は、デジタル時代を生きる私たちにとって普遍的なメッセージとなりました。25周年を迎えた今、ウィキメディア財団は新たな編集者や寄付者、パートナーを歓迎し、次世代へとバトンをつなごうとしています。
もし、日々の暮らしの中でWikipediaが役立つ瞬間があれば、ぜひその背後にいる無数の編集者や寄付者、そしてあなた自身も“知の担い手”になれることを思い出してみてください。「世界中のあらゆる人と知識を共有する」──その夢は、これからの25年も、あなたとともに進化し続けます。


