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2025

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    都市の片隅で生きる「ネズミ人間」たち――中国Z世代のリアルと社会的影響

    都市の片隅で生きる「ネズミ人間」たち――中国Z世代のリアルと社会的影響

    「ネズミ人間」という言葉を聞いたことはありますか?

    中国のSNSやネットニュースで今、急速に広まっているこのワード。その背景には、世界第2位の経済大国・中国が抱える深刻な社会問題と、若者たちのリアルな葛藤がありました。

    本記事では、中国で増加する「ネズミ人間」の実態、そして中国社会にもたらす影響について、データや実例を交えながら解説します。

    「ネズミ人間」とは何か?

    「ネズミ人間(鼠人、老鼠人)」とは、都市の片隅で目立たず、最小限のエネルギー消費で生活する若者たちを指す中国発のネットスラングです。

    彼らの特徴は、ほぼ一日中自室で過ごし、ネットサーフィンやゲーム、デリバリーによる食事を楽しみ、外の世界との接触を極力避けること。まるで暗い巣穴に隠れるネズミのような生活スタイルが、名称の由来となっています。

    例えば、ある女性は自宅で過ごす日常をSNSに投稿し、「扶養されていることを恥じるつもりはない。私は『ネズミ人間』の名誉を守っている」と堂々と宣言しています。こうした投稿には、「自分も同じ」「それでいいんだよ」といった共感コメントが相次いでいます。

    「寝そべり族」との違い

    「ネズミ人間」が注目される以前、中国では「寝そべり族(躺平族)」が話題となりました。寝そべり族は、過酷な競争社会から距離を置くため、最低限の生活だけを送り、無理して働かない若者たちです。

    一方、「ネズミ人間」は寝そべり族よりもさらに消極的で、「何もしない」こと自体を誇りとし、積極的に引きこもり生活を選択する点が特徴です。

    「バイラン(摆烂:どうでもよくなる)」や「専業子ども(全職児女)」など、寝そべり族の派生型も見られますが、ネズミ人間はその“究極系”ともいえる存在です。

    なぜ「ネズミ人間」が急増?

    過酷な労働環境と若年失業率の上昇

    中国の若者を取り巻く環境は、近年厳しさを増しています。特に注目すべきは、若年層(16〜24歳)の失業率です。2023年第2四半期には21.3%という過去最高水準に達し、2024年4月は学生抜きの失業率でさえ16.5%と高止まりしています。

    さらに、テック業界では「996」と呼ばれる週6日、朝9時から夜9時まで働く労働慣行が長らく常態化しています。この過酷な状況下で多くの若者が心身の疲弊を訴え、「頑張ること自体に意味があるのか?」という問いを持つようになりました。

    親世代の経済的余裕と「引きこもりの余地」

    今の中国の若者、特にZ世代やミレニアル世代は、親世代(1960〜70年代生まれ)が経済成長の恩恵で築いた一定の資産に支えられています。そのため、「無職のままでも最低限の生活ができる」初めての世代とも言われています。

    「仕事にしがみつくことが“自分の資産”になるわけではない」と説得し、親の理解を得る若者も増えています。
    このことが、ネズミ人間という生き方を可能にしているのです。

    価値観の変化とSNS文化

    中国のSNSでは、ネズミ人間たちの日常動画や「低エネルギーな一日」が大量に投稿されています。例えば、「午後4時に起きて、iPadを延々とスクロール」「一人でデリバリーの食事」「昼夜逆転の生活」などが定番です。

    この現象は、インフルエンサーの“キラキラした投稿”や「朝4時にランニング」といった自己管理志向へのアンチテーゼとしても機能しています。「自分はダメな人間かもしれない」と感じている若者にとって、ネズミ人間の存在が“罪悪感を和らげてくれる”という側面も指摘されています。

    中国政府が懸念する「ネズミ人間」

    国家ぐるみのSNS取締り

    「ネズミ人間」の増加に危機感を抱く中国政府は、2024年春、2か月間の集中的な取り締まりを表明しました。SNSや動画配信アプリ上で、消極的・悲観的な感情をあおる投稿を削除し、場合によってはアカウントの閉鎖も辞さない強硬措置を取っています。

    その目的は、「社会全体の士気低下」や「労働意欲の減退」が広がることを防ぐためです。中国メディアも「努力や継続への肯定感を弱める」と警鐘を鳴らしており、政府・メディア一体となった対策が進められています。

    取締りの効果と限界

    しかし、こうした規制がどこまで効果を持つのかは不透明です。

    SNS文化が発展した現代では、「表現方法を変えながら」若者たちは新たな居場所や言葉を生み出し続けています。「政府は新しい用語や現象が出るたびに取り締まるが、若者たちは進化し続ける」という専門家の見方もあります。

    「ネズミ人間」は本当に“無気力”なのか?

    自衛的・戦略的な「生き延び方」

    一見、ネズミ人間のライフスタイルは、引きこもりや無気力の象徴に見えます。
    ですが、実際は「社会の隙間に賢く入り込み、自衛的かつ戦略的に生き延びる」新しいサバイバル術としても評価されています。

    「努力しても報われない」という現実への諦観が背景にあり、「孔乙己文学(高学歴でも報われない自嘲文学)」や「低頻人(SNS頻度を意図的に減らす人)」、さらには「淡人(淡白な人)」といった新たな自己表現も広がっています。

    日本の「低欲望社会」との違い

    よく比較されるのが、日本の「低欲望社会」です。
    日本では「欲望を自ら手放す」傾向が強いのに対し、中国のネズミ人間は、「過度な競争や抑圧によって欲望を諦めざるを得ない」側面が大きいのが特徴です。

    日本の「ジベタリアン」や「アパシー・シンドローム(無気力症候群)」とも異なり、中国の現象は“構造的な社会圧力の産物”なのです。

    実際の「ネズミ人間」の1日

    実際のネズミ人間の生活は、どのようなものでしょうか。SNS投稿やインタビューから、典型的な1日をまとめてみました。

    • 昼過ぎまで寝続ける
    • 起きても布団の中でスマホをいじる
    • お腹が減ったら出前を注文し、そのままベッドで食事
    • 合間にドラマや動画、ゲームを楽しむ
    • 時々部屋を出てジムに行くが、再び部屋に戻る
    • また朝方まで布団の中でネットサーフィンを続ける
       

    このような「低エネルギー・低消費」な一日が、普通の若者のルーティーンとしてSNS上で可視化されています。

    社会に与えるインパクト

    ネズミ人間が社会問題として注目されるのは、単なる個人の選択にとどまらず、経済成長や社会活力の低下につながる懸念があるからです。

    中国では毎年、大学・大学院を卒業する若者の数が過去最高を更新しています。しかし、中国経済が難しい状態にあるという見方もあり、厳しい就職市場と低賃金の現実、そして「頑張っても報われない」という無力感が蔓延することで、社会全体の活力が損なわれるリスクが高まっています。

    もしネズミ人間が“主流”になれば、経済成長を目指す中国共産党にとっても大きな課題となりかねません。

    未来への示唆

    中国政府は「ワークライフバランス促進」や「雇用対策」「職業訓練」などさまざまな政策を打ち出しています。しかし、根本的には「若者が再び希望や欲望を持てる社会づくり」が不可欠です。

    • 雇用環境の改善
    • 教育制度の見直し
    • 多様な価値観を認める社会評価基準の構築
       

    こうした制度設計が進まなければ、ネズミ人間現象の根本的な解決は難しいでしょう。

    まとめ

    「ネズミ人間」は、中国社会の矛盾や若者の葛藤を象徴する現象です。単なる“怠け者”や“無気力”として一刀両断できるものではありません。

    むしろ、社会の圧力に対する“静かな抵抗”であり、多様な生き方の一つとも言えるのです。一時的な“休息”を経て、再び希望を持てる社会――それこそが今、最も求められているのかもしれません。

    「ネズミ人間」という現象を通じて、“働くこと”や“生きること”の意味を、もう一度考えてみてはいかがでしょうか。

    #ネズミ人間#中国社会#若者の生き方#中国経済#若年失業#寝そべり族#引きこもり#社会問題

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