AI同士が語り合う新時代のSNS「Moltboo...
SHARE
iPS細胞由来2製品が世界初の実用化へ──再生医療は新たな時代へ
ビジョナリー編集部 2026/02/27
「病に苦しむ心臓や脳を細胞レベルで“再生”できるとしたら――。」
長らく実験段階にあった構想が、いま現実の医療として動き始めています。厚生労働省の専門部会は、iPS細胞(人工多能性幹細胞)を用いた再生医療製品2種の製造販売を了承しました。世界で初めて、iPS細胞由来製品が本格的な臨床応用の段階へと進むことになります。
20年の挑戦が結実──実用化への道のり
そのはじまりは、一つの問いでした。
「細胞は、もう一度“若返る”ことができるのか」
2006年、京都大学の研究室で山中伸弥教授がマウスの皮膚細胞を初期化し、人工多能性幹細胞(iPS細胞)の作製に成功しました。体細胞をわずか数個の遺伝子で初期化し、多様な組織へと再分化可能な状態へ導く。この成果は、再生医療の可能性を根底から広げました。それから20年。基礎研究として積み重ねられてきた技術は、ついに臨床の現場へと歩みを進めます。
今回早期承認された2つの製品は、重度心不全と進行性パーキンソン病という難病に挑むものです。大阪大学発のベンチャー企業が開発した心筋細胞シート「リハート」は、他人の細胞から作った心筋細胞をシート状に加工し、心臓へ移植する治療法です。従来の薬物治療では改善が難しい重症患者が対象となります。一方、住友ファーマの「アムシェプリ」は、パーキンソン病で失われたドーパミン神経細胞を補うパーキンソン病の患者で失われたドーパミン神経細胞を補う前駆細胞を脳内に移植し、症状の進行抑制を目指します。
その実用化の背景には、基礎研究から臨床応用までを一貫して進める産学連携の枠組み、長期にわたる公的投資、そして山中教授をはじめとする研究者たちの継続的な取り組みがあります。同時に、安全性と有効性を検証する制度設計も進化してきました。過去に条件付き承認が本承認に至らなかった事例も踏まえ、今回は企業と規制当局が慎重かつ緻密な計画を立てて進めています。
安心はどう担保されているのか?──条件・期限付き承認の中身
新しい医療技術には、期待と同時に「本当に安全なのか」という懸念もつきものです。今回の2製品も、患者への早期提供を重視しつつ、一定期間(7年以内)で有効性と安全性を改めて検証する「条件・期限付き承認」という枠組みのもとで承認されました。この制度では、承認後も、実際の治療データを継続的に収集し、効果や副作用を追跡評価します。たとえば、心筋細胞シートでは実際に使用した患者と使用しなかった患者を比較し、有効性と安全性を客観的に検証します。
一方、パーキンソン病治療では、発売後に年齢層別の追加治験を実施し、一定数のデータが集まった段階で、本格的な保険診療への移行を目指します。
「安全性」の壁をどう乗り越えたのか
iPS細胞を医療応用する上で最大の課題は「腫瘍化」、すなわち移植した細胞が想定外に増殖し、腫瘍を形成するリスクでした。特に、初期の製法に使われていたc-Myc遺伝子は、がん化との関連が指摘され、臨床応用への大きな懸念材料となっていました。その後の研究でL-Mycというより安全性の高い代替因子が見つかり、細胞のゲノムに傷をつけずに初期化できる手法も開発されました。
さらに、未分化細胞を厳密に除去する選別技術や、分化誘導技術を高めることで、目的の細胞のみを効率的に生成することが可能になっています。2013年にはサルを用いた実験で、自分細胞から作製した神経細胞を脳に移植しても、強い免疫反応が生じないことが確認されました。こうした技術改良の積み重ねが、安全性への信頼を一歩ずつ築いてきたのです。
世界の追い上げと日本の立ち位置
この20年で、iPS細胞研究は日本の専売特許ではなくなりました。中国や米国、韓国などが国家戦略として研究開発を加速させています。中国では、ドーパミン産生神経細胞をパーキンソン病患者に移植する臨床研究が進み、日本勢を追う展開です。米国ではAIやレーザーを駆使した細胞選別技術が急速に進歩しています。
日本はこれまで、政府主導で約1100億円を投じ、基盤技術を育成してきました。しかし、近年は遺伝子治療や他の新技術に注目が移り、分野横断的な研究や投資の必要性がますます高まっています。世界の研究者からは「なぜ日本は自らの強みを十分に活かさないのか」との声が上がるのも、そうした背景からです。
“可能性”はどこまで広がるか?
可能性は再生医療にとどまりません。難病患者の細胞からiPS細胞を作り、患部の細胞へ分化させることで病態を再現する――。こうした技術は、疾患メカニズムの解明や薬効・副作用の評価を行う「創薬プラットフォーム」として活用されています。実際、ALS(筋萎縮性側索硬化症)やアルツハイマー病、再生不良性貧血などを対象とした新薬開発が進行中です。
さらに、3Dプリンターやバイオマテリアル技術と組み合わせることで、いわゆる“ミニ臓器”を作り出す研究も加速しています。現時点では、移植可能な大型臓器の完全再現には至っていないものの、「臓器を作る」という構想は着実に現実味を帯びつつあります。
一方で、今後の最大の課題は、「科学的な慎重さ」と「実装スピード」の両立です。山中伸弥教授も、「医療として確立するには、十分な症例データの蓄積と長期的な検証が不可欠だと強調しています。副作用や未知のリスクも潜む中で、段階的かつ透明性の高い評価プロセスが求められます。
制度面でも本承認取得に向けた有効性評価の明確化や、保険適用への円滑な移行が重要です。迅速性と厳格性をいかに両立させるか――その設計こそが、再生医療の未来を左右する鍵となります。
まとめ
iPS細胞をめぐる日本の挑戦は、ついに臨床という現実のステージに踏み出しました。しかし、これはゴールではなく、新たな出発点です。科学的慎重さと実装スピードの両立、産業化への接続、そして制度の進化――。これらを着実に積み重ねていくことで、再生医療は社会に根づいていきます。
未来の医療は研究室の中だけで完結するものではありません。社会全体が支え、育てる技術として、iPS細胞の次なる展開を見守る必要があります。次の10年、20年を見据えた持続的な取り組みこそが、再生医療の真価を決定づけることになるでしょう。


