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「多文化共生の前に、まず秩序を」——130カ国の人が暮らす新宿区。吉住区長が語る、対話と安全への飽くなき挑戦
ビジョナリー編集部 2026/05/29
世界有数のターミナル駅を擁し、国籍だけで130カ国以上の人々が暮らす街、新宿区。インバウンド観光の恩恵を受ける一方で、文化の違いによるトラブルや地域住民の不安といった複雑な課題の最前線に立っている。そうした中、現場主義を貫き、自ら街を歩きながら問題解決にあたるのが、吉住健一区長だ。多文化共生を成し遂げるために不可欠な「ルールと秩序」、そして長年の慣習を打ち破るための組織改革から、次世代のビジネスリーダーに向けたメッセージまで、多様性の街を牽引するトップの哲学を余すところなく語っていただいた。
相手を全否定せずに対話する。ルールと秩序を取り戻すためのアプローチ
新宿区はインバウンド観光の最前線として、多文化共生と地域住民の暮らしを両立させる取り組みをされていますが、両者が共存していくために必要な視点とは何でしょうか。
分かりやすいところで言えば、相手に対する理解度を深めることと同時に、言うべきことをしっかりと言い、秩序を守ってもらうこと が何よりも重要だと考えています。
例えば以前、一部のエリアで路上礼拝が行われ、SNS等で拡散されて話題になったことがありました。私はすぐに担当者へ確認するよう指示を出し、毎週決まった時間に行われていることを突き止めました。そしてその時間に職員が赴き、直接話をしました。頭ごなしに怒鳴り込んで全否定するのではなく、事情を丁寧に聞いたのです。結果として、「路上で行ってはいけない」と理解していただき、一度に入りきらないから路上に出てしまっていたという事情を汲んで、時間を分割して屋内で実施するルールを取り決めることができました。
それ以降、路上での礼拝は行われておらず、また、参加者に対しては、路上駐輪をせず公設の駐輪場を利用するよう働きかけてくれるようになりました。このような例からも、 まず相手を全否定せずにきちんと対話をし、その上で秩序を取り戻していくこと が、共存には欠かせないと考えています。
また、観光客の食べ歩きによるゴミ問題も深刻です。これに対しても、販売している店舗に協力を仰ぎました。大久保通りなどで地元の商店会や商人連合会、そして都道であるため東京都にも入ってもらい、「お店で買ったものは、お店に設置したゴミ箱に捨ててもらう」という形でお願いしました。事業者として出したゴミは自ら引き受けるという販売者責任の観点からも、多くの店舗に協力いただいています。
国によってゴミの分別という概念自体がない場合もありますし、文化的なバックグラウンドは実に様々です。だからこそ、相手の文化や事情を理解しながら、日本のルールを指導していく根気強い対話が必要なのです。
多文化共生の土台は「生活環境の保持」。定住者への教育と支援
実際に多文化共生を進め、区民の生活の質(QOL)を向上させていくための鍵はどこにあるとお考えですか。
地域の生活環境をしっかりと保持し、昔から住んでいる住民の方々に安心感を持ってもらうこと が第一の鍵です。
生活環境が急激に変化すると、住民は不安を抱いてしまいます。日本に定住し、真面目に生活している外国籍の方もたくさんいらっしゃいますが、毎年数万人規模で新しい人が流入している状態では、すべての人に日本の習慣を一から身に付けてもらうのは至難の業です。
だからこそ、私は20年前から 「多文化共生の前に、まず秩序である」 と言い続けてきました。この姿勢に対しては、リベラルな立場からも保守的な立場からも批判を受けることがありますが、私はどちらかに偏るのではなく、自分のアイデンティティを守りながら他者に対して穏健であるという、本来の保守のあり方を大切にしています。
定住を決めた方々や、国際結婚などにより、外国にルーツを持つ子どもたちに対する支援も重要です。例えば、私の母校である大久保小学校では、母語を話せる支援者を派遣して、多い時には6カ国語で日本語指導を行い、日本での学校生活をサポートしています。これは、言葉の壁で成績が伸びず、進学や就職ができないという不幸な結果を防ぐためです。高校進学に向けても、言語面・学習面での支援を行っており、こうした支援の結果、私たちが教育サポートに入った外国にルーツを持つ中学3年生は、現在ほぼ100%の進学率を達成しています。日々の生活で精一杯で教育にまで意識が回らないご家庭もありますが、絶えず声をかけ続けることが、将来の地域共生に繋がると信じています。
地域の安全こそが最大の価値。粘り強く挑む環境浄化
2030年やその先を見据えた時、新宿区が世界の都市から選ばれ続けるために、最も投資すべきリソースは何でしょうか。
それは、間違いなく 「安全性の確保」 です。世界中の人々が新宿を訪れてくれる最大の理由の一つは、「夜でも安心して過ごせる」という日本の治安の良さにあります。
現在、歌舞伎町などの一部エリアでは、路上飲酒や若年層のオーバードーズ(過量服用)など、様々な社会課題が顕在化しています。こうした溜まり場を放置せず、悪い大人たちの搾取から子どもたちを守る環境を作らなければなりません。
先日、シネシティ広場と呼ばれる東宝ビルの西側の路上で、キッチンカーを出店してイベントを行う実証実験をしました。周囲を囲い、オープンテラスのようにして楽しんでいただいた結果、数年ぶりに路上で飲酒して騒ぐ人たちがいなくなりました。周辺のテナントの方々からも「人が滞留せず、これほど普通の穏やかな環境になるのは素晴らしい」と高い評価をいただきました。
もちろん、1年ですぐに完全な排除ができるような簡単な問題ではありません。集まる人間も、やり口もどんどん変わっていきます。しかし、収益を上げながら持続可能な形で空間を管理するような仕掛けを工夫し、腰を据えて安全な街づくりに取り組んでいく覚悟です。
慣習にとらわれない組織づくり。職員の声を拾い上げ、エンゲージメントを高める
リーダーとして決断を下す際や、職員の皆さんが働きやすい環境を作るために、心がけていることはありますか。
常に 「慣習にとらわれないこと」 を意識しています。「従来こうやってきたから」という報告は通りやすいのですが、本当に今の時代に馴染んでいるのか、何か問題が起きていないかを疑う視点が必要です。予算の使い方一つとっても、効果が出ていない古いやり方に固執するのではなく、時代に合わせた新しいアプローチに投資すべきだと伝えています。
組織づくりにおいて深刻だったのは、真面目に頑張ってきた中堅の優秀な職員たちが、メンタル不調を起こしたり見切りをつけて退職したりするケースが続いていたことです。そこで私は、職員のエンゲージメントを向上させるためのプロジェクトチーム(PT)を立ち上げました。
ここで、ある面白いエピソードがあります。ある時、SNSのダイレクトメッセージで「職員提案制度を導入してみてはどうか」という提案をもらいました。自分の部署外のことでも意見が言える制度です。早速導入して3年ほど経った頃、先ほどのPTの打ち上げで「実はあのメッセージを送ったのは私です」と名乗り出てくれた職員がいたのです。その提案をきっかけに、「エンゲージメントを上げるための調査と取り組みをさせてほしい」と名乗り出る別の職員も現れました。
傷んだ組織の文化を変えるには時間がかかります。しかし、一部の人間がつけた火種が広がり始めた時、それをいかに後押しできるか がトップの役割だと考えています。
歴史を学び、アイデンティティを確立する。次世代リーダーへのメッセージ
最後に、社会を担うビジネスリーダーや地域の方々に向けたメッセージをお願いします。
現代は、ネットを通じて地球の裏側とも一瞬で繋がるボーダーレスな時代であり、変化のスピードが極めて速い時代です。その中で生き抜くために、まずは 変わることに対する受容力、変化を楽しめるような心持ち を持っていただきたいですね。
2つ目は、自分と異なる文化や価値観に対するリスペクトを持つこと です。相手を尊重するからこそ、向こうもこちらを尊重してくれます。相手を否定するだけでは理解は生まれず、最悪の衝突を招くだけです。
そして最後に、自分が何者であるかというアイデンティティをしっかりと確立すること です。新宿区の子どもたちにも、内藤新宿という宿場町から始まった新宿の成り立ちや、地場産業である染物の歴史、夏目漱石などの偉人が残した言葉を知ってほしいと願っています。自分の軸足がなければ、時代の変化にただ引っ張られ、破綻してしまいます。
変化に耐える柔軟性と、相手へのリスペクト、そして確固たるアイデンティティ。この3つを忘れず、 「目的と手段をはき違えない」 という本質を見失わなければ、どんな社会の変化が来ても力強く乗り切っていけるはずです。


