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2025

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    「旬」と“老舗”の間を駆け抜けて

    #19「旬」と“老舗”の間を駆け抜けて

    原石からダイヤへ

     多店舗展開する中で、ブランドを“陳腐化”させないためには、均一化された店をたくさん出店するのではなく、少しずつさじ加減を変えること、そして一つひとつ小さなパイを狙うことです。そこで大切なのは、どのパイを狙うか、ということだと思います。

     僕の中に、流行感度の『ピラミッド理論』というものがあります。ピラミッドの上層にいるのは、流行に気がつくのが早い人であり、下層はそれが遅い人たちで、僕はこれを『気づきのタイムラグ』と呼んでいます。一番上層は「サイバー」と呼ばれる人で、これはもう本当に、恐ろしく気づきが早い人たちです。業界の中でも、早すぎてわからない人たち。アーティストに近いかもしれません。その次に「イノベーター」という層。これは当社にも何人かいますが、かなり早い人たちです。その次に「オピニオン」層があり、その下に膨大な「マス」層があります。最後に「レイター」という層が来るのです。

     そして、流行は必ず上から下へ落ちていきます。下層にいる人たちは、決して上層へは行けないのですが、「マス」のうちの上位3分の1ほどの人たちは、自分のことを「オピニオン」だと思っており、「オピニオン」の上位層の人たちは「イノベーター」の人たちを見て、自分はそれよりも上だと思っていたりします。彼らは、ときが経つと「おしゃれになったでしょ、自分」というふうに思うけれど、決してピラミッドの上層に上がったわけではなく、流行が下へと落ちてきただけの話なのです。

     その中で、ビームスはどこで勝負をしているか。「サイバー」や「イノベーター」は、パイが小さすぎて商売ができないのです。この層は、商品展開の参考にする対象です。ビームスが主戦場としているのは「オピニオン」層と、マスの上位3分の1、自分のことを「オピニオン」だと思っている人たち。これを、ターゲットとしています。ビームスというブランドの感度を下げないため、このターゲット層が望む、あらゆることをやっていく必要があります。

     そして、その一つひとつを原宿に並べているのです。それが、明治通りに8軒ものコンセプトが異なる店舗を連ねている理由です。この戦略で進めていくと、ある時にはどれか一つが流行り、どれか一つの部門では少し流行が去っていたりします。ビームス全体の中で、必ずどこかで足を掛けている部門がある、ということになるのです。そのため、ビームスはこれまで完全に一番になったことはありません。ただ、二番目、三番目を数えると、必ずどこかにビームスが出てくるのです。それだけ、さまざまな顔を持っている。一つの顔だけ、例えばトラッド路線を基調とすると、それを軸として地道に店を続けることはできますが、バーンと流行ってそれが去ってしまった時、そこで企業としては終わってしまいます。トレンドをずっと追いかけ、新鮮であり続けられたという例は、ファッションの歴史上存在しないのです。

     ファッション業界というのは、「旬」は常に「新しい旬」に凌駕される、という歴史を積み重ねている業界です。一気に流行り、ものすごく売れ、自社ビルが建って、社長がフェラーリに乗って、一世を風靡した…けれど、今どこ行っちゃったの? というような例は枚挙に暇がありません。「旬」になればなるほど、去るのも早い業界です。

     これは、芸能界ともとても近しいものがあります。ビームスは2026年で50周年になりますが、50年間、何とか業界の中でも良い位置を保ってこられたのは、奇跡に近いと思っています。芸能界でいうと、ビームス創業の少し前にブレイクしたのが、松任谷由実でした。彼女は、現在でも現役で活躍しています。ビームス創業の1年後に出てきたのが、サザンオールスターズ。矢沢永吉がソロで活動し始めたのも、このくらいの時期です。こうした方々は、現在さまざまな若手アーティストが出てきても、流行に左右されず残っている非常に稀有な方たちです。その一方で、毎日新たなタレントが現れ、「旬」の音楽を大々的に世に送り出しては、やがて消えていく。そのような流行り廃りの凄まじく早い世界で、50年もの間活躍し続けている方々というのは、本当に一握りなのです。ファッションも、まさしくこれに近い業界です。

     原宿でビジネスをしていると、出ては消え、出ては消えというのが常です。「旬」を凌駕したけれど、居なくなってしまった、という人たちが絶えません。一方で、100年続く老舗となるのは、やはり「いい時も悪い時もあったけど、うちはずーっとこのおまんじゅうでやってるんです」といったお店なのです。ファッション業界でいえば、「小さい店だけど、うちはずーっと、何十年間もウエスタン一本でやってきました」といった店が、老舗となるのです。「旬」を追いかけて、老舗になった前例はありません。

     ビームスは今、その前例のないところを走っています。そのためにはどうするのか、ということをいつも考えています。しかし、常に恐怖があります。店舗規模はどんどん大きくなり、2025年現在、国内外に175店舗を構え、昨年11月には最先端ロボティクスを導入した大型物流拠点も新設しました。それでも、全国の店舗には無数の商品が陳列され、倉庫の棚には洋服から雑貨、家具まで、幅広いジャンルの膨大な取り扱い商品がストックされている。会議をしてストック量を確認すると、「おいおい、これ本当に売り切れるのか?」と不安に思うこともしばしばです。昔はそんな会議をした後に寝ると、お客さんがまったく来ない夢を見ていました。「腐ってないのに、商品が腐っちゃってるよ」という夢を見るのです。

     もし次にまったく新しく商売をするのであれば、在庫をもたない商売をやりたい、とも思うのです。諸先輩たちの会社が次々と消えていくところを見ていると、そんなふうに思うこともあります。「規模が大きくなれば、“陳腐化”する。“鮮度”をキープするためにはどうすればいいか?」それが、この50年間常に考え続けてきたことです。

    #ビームス#BEAMS#設楽洋#タラちゃん#経営#ファッション業界
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