
21世紀の「三種の神器」は、農業・漁業・畜産業
7/27(日)
2025年
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楠本 修二郎 2025/07/17
前回、日本が抱える人口減少の危機や農業衰退の危機について述べました。しかし、基本的に私は、未来に対してはポジティブでいたいと思っています。心配ごとばかりを並べ立てるのではなく、「こうすればうまくいく」という提案をしたいのです。そして、そんな想いの背景に、「世界は日本の食を求めている」という確信があります。
日本の食は、美味しくて、健康的で、サステナブル。この三拍子が揃った食文化は、世界的に見ても非常に価値が高いのです。私の友人で、元ハーバード大学の医師で現在はUCLAの教授を務める友人をはじめ、多くの食の研究者たちが、こうした観点から日本食を高く評価しています。おいしくて、健康的で、サスティナブル――これらをすべて満たす食文化は、広い世界を見ても実はそう多くはありません。
それでも、地球規模で見たときに「これからの地球に必要な食事は何か」という問いに対し、現時点での答えは残念ながら日本食だけではありません。むしろ、世界一とされているのは、地中海食――とりわけイタリアの食文化です。
その理由の一つは、1980年代後半にイタリアで始まった「スローフード運動」です。ファストフードに対抗し、「人間らしい食」を取り戻そうというこの運動は、イタリアのルネサンス期の重要な要素の一つである、人文主義的な土壌から生まれました。食を単なるエネルギー補給やジャンキーなおいしさを求めるのではなく、「アート」として見なす感覚。アルチザン(職人)による丁寧な料理。こうした価値観が、イタリアの食文化を世界的な地位に押し上げたのです。
さらにイタリアは、「テリトーリオ戦略」と呼ばれる、地域ごとのブランディングにも成功しています。国を構成する21州が、それぞれ独自の食文化を持ち、地域の特色を活かした産品のブランド化に取り組んでいるのです。たとえば、トスカーナの肉料理、ボローニャのボロネーゼ、ピエモンテの乳製品や牛肉、ナポリのピザ、カラブリアやプーリアのワイン――どの土地にも語るべき「食の物語」があります。
私は、この「テリトーリオ戦略」こそ、日本が今こそ取り入れるべきアプローチだと思っています。地域ごとの食の魅力を掘り起こし、世界に向けて発信する。日本全国には、それぞれの気候・風土や歴史、文化に根ざした豊かな食があるのですから、それを資源として活用しない手はありません。
ところが、現状はどうでしょうか。日本の食産業は国内では約120兆円の市場規模がありますが、海外輸出額はようやく1兆円を超えたばかりです。割合にすればわずか1%台。これに対し、イタリアは食関連の輸出が約25%、フランスも26%、イギリスですら20%を超えています。
こうした現状を受けて、農林水産省は、食産業の海外輸出額を5兆円に引き上げるという目標を掲げています。
実は私は、2006年頃から「日本のインバウンド戦略は8,000万人を目指すべきだ」と提言していました。当時は笑われましたが、少子高齢化による人口減少が進むことは、すでに統計から見えていたのです。ならば、国内市場の縮小に先回りして、外からの人の流れをつくるしかありません。
私が「8,000万人」という数字を出した背景には、ヨーロッパ諸国のインバウンドの状況があります。フランスの人口は約6,800万人ですが、インバウンドはそれを上回る9,000万人。イタリアやスペインも、自国の人口より多いインバウンドを受け入れており、それが地域経済を支えています。
私がよく訪れるスペインのカタルーニャでは、失業率が40%もあるのに、街にホームレスの姿はほとんど見かけません。定職に就いていないだけで、インバウンドが来ることによってアルバイトや短期労働の機会は多く、みな活き活きと暮らしているのです。
実際、コロナ禍の後に「行きたい国」として挙げられる国々を見ると、日本、韓国、台湾がトップ3に入っています。いずれも自然が豊かで、食文化に魅力がある国です。
その訪日理由の上位には、やはり「日本の食」。日本を選んだうちの70%以上の人が、「食を楽しみにしている」と回答しているのです。これほどまでに世界が期待しているのに、私たち自身がその価値に気づかず、十分に守られていない現実があります。
例えば、和牛の種牛が輸出されたり、高品質なマスカット、イチゴなどが海外で栽培され、日本ブランドが模倣されています。もちろん、それが違法か合法かはケースによりますが、私は「法的な線引き」の前に、「国として守るべき価値とは何か」を問い直すべきだと思っています。短期的な損得ではなく、長期的に日本が世界からリスペクトされ続けるためには、知的財産や文化資源を戦略的に保護していくことが不可欠です。
私がこうした問題意識を強く持つようになったのは、2010年から2011年にかけて起こった、二つの大きな出来事がきっかけでした。一つは、ニューヨークのCIA(カリナリー・インスティテュート・オブ・アメリカ)で、日本の食文化に関心が集まり始めたこと。もう一つは、東日本大震災という未曾有の大災害です。
あれから15年、世界は確実に変わりました。格差は広がり、日本の食文化も他国に模倣され、流出しつつあります。しかし、それでもなお、日本の食は世界に希望を与える可能性を秘めています。私たちはそのことに、もっと自信を持つと同時に、守り抜く責任を果たしていくべきなのではないでしょうか。