
一次産業を復活させる革命的技術・「食のレコーディ...
7/27(日)
2025年
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楠本 修二郎 2025/07/26
私たちは今、大きな時代の変遷の真っただ中に生きています。新型コロナウイルスという未曾有の危機は、その象徴的な出来事だったと思います。もちろん、私たちはまだコロナウイルスを完全に乗り越えたわけではないかもしれず、第2、第3のパンデミックが訪れる可能性もあります。ですから、安易に「あの苦労を乗り越えた」というような単純な話をするつもりはありません。むしろ、コロナウイルスは私たち日本人に、「時代は変わるのだ」という、厳然たる事実を突きつけてくれたという側面があると思います。
歴史を自己流に解釈することが大好きな私は常々、日本人は「ピンチ」を認識した時にこそ、素晴らしい団結力を発揮する特質を持っていると感じています。だからこそ、変化のない「平和ボケ」の状態こそ、最も危ういのです。その意味で、コロナ禍は明確なピンチであり、重要なのは「どう克服したか」という過去の話ではありません。これから訪れるであろう数多(あまた)の変化にどう立ち向かっていくか、その重大なターニングポイントに、今私たちは立っているのです。
あえてコロナ禍という現象にどう対峙したかを問われれば、私は、目先の困難への対応ということにも身骨を砕きましたが、むしろ、この機をある種社会変革を促す好機と捉え、次の時代に向けた「新しい食産業の構築」へと、舵を切りました。
外食産業という枠組みだけを見れば、店を閉じるという苦渋の選択も数多くのお話として聞きましたが、食産業全体の灯を、ここで消すわけにはいきません。目先の対応に追われるのではなく、次の時代へシフトするために、とにかく動き続けることを決めたのです。
コロナウイルスが、これまでの災害などと決定的に違ったのは、社会構造そのものが揺らぎ、誰もが「当事者」であったことです。誰かのせいにできるわけでもなく、責めるべき悪者も存在せず、助けたい人を助けられる立場の人もいない。そう、各々が答えを見つけるしかなかったのです。例えば、東日本大震災の時には、被災地に対して国内外から多くの支援の手が差し伸べられました。しかしコロナ禍の場合は、全員が困難の渦中にいたのです。全員が大変な状況の中でどう生き抜くか――これは、全く次元の異なる経験でした。私はその中で、会社のためにどう貢献するかを考えて生きていました。
だからこそ、これからさらに大きく変わっていくであろう世の中を、私たち自身の手で能動的に変えていかなければなりません。「こうすれば大丈夫だ」というような楽観的な答えは、もはや存在しないでしょう。私たち一人ひとりが、物事を深く思考する「ディープソート」とでもいうべき姿勢で、未来と向き合う必要があります。
これは、近年よく言われる「パーパス経営」とも少し違います。パーパス、つまり企業の存在意義を定めてそこに向かうことはもちろん重要です。しかし、本当にそれだけで良いのでしょうか。もっと長期的な視野で、未来に向けてまずは深く深く考え抜く力、それことが大切なのではないか、と思います。
そうした意味では、最近大手食品メーカーの味の素社が、中期経営計画を廃止したというニュースがありました。これは、短期的な計画に縛られるのではなく、10年、100年というスパンで企業価値を考えることを重視した現れなのかもしれません。ようやく日本の企業にもそうした動きが出てきたことを、同じ食に携わる人間として、心から嬉しく、素晴らしいことだと思います。
変化の時代において、深く考えても結論が出ない、進むべき方向を示す北極星が見えないと、誰もが立ちすくんでしまいます。私は、まだ何一つ事を成したわけではありません。だからこそ、「日本の食の未来は、こちらに進むべきではないか」という「日本の北極星」の役割を、私自身の方法と経験で担うことが、今の私に課せられた役割だと考えているのです。