
「日本の北極星」としての道標に
7/27(日)
2025年
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楠本 修二郎 2025/07/25
私たちが進めるZEROCOのプロジェクトは、料理人の方々との連携が不可欠です。以前、この技術についてご説明した際、ある東京大学の教授が「これは“食のレコーディング”ですね。ハリウッドと同じですよ」と表現されました。
まさに慧眼(けいがん)だと思います。例えば、俳優のトム・クルーズも、録画・録音の技術がなければ一人の舞台俳優に過ぎず、その魅力が世界中に届くことはありませんでした。ビートルズがリバプールのローカルな人気バンドから世界的な存在へと飛躍できたのも、レコーディング技術によって彼らの音楽をレコードに刻み、多くの人々に届けられたからです。
これと同じことが「食」の世界で起ころうとしています。私はこれを「録食」、すなわち「食のレコーディング」と呼んでいます。この技術が、日本の食産業に革命をもたらす鍵となると確信しています。
ZEROCOが持つ革命的な力は、大きく2つに整理できます。
1つ目は、鮮度保持しながら美味しくすること、即ち「時間の概念を超える」力です。 温度約0℃・湿度100%弱という庫内環境を生み出すことで、野菜や魚などの生鮮食品を長期間、驚くほど新鮮なまま保存可能にします。さらに、この環境は鮮度を保つだけでなく、“低温熟成”を促し、旨みや香りを引き出すことも可能。単なる保存を超え、食材の魅力を時間とともに高めるーまさに“時間を味方につける技術”です。
ご存知の通り、農産物は収穫された瞬間から腐敗と劣化が始まります。ただ、ZEROCOがあることにより、人類の歴史上初めて、農業が安定的に「在庫」を持つことが可能になります。在庫が持てれば、計画的な出荷調整ができます。つまり、生産者は最も良いタイミングで、売りたい商品を、売りたい場所へ、そして適正な価格で届けることができる。生産者が自らの手で経済を動かす主体となれるのです。
2つ目は、先述した“食のレコーディング”、まさに「時空を超える」力です。ZEROCOは冷凍前の予備冷却として活用することで、食材の細胞破壊を抑え、ドリップや冷凍焼けを防止。保存料や安定剤などの添加物を使わずとも品質を保つことができるため、食材本来の風味が活き、塩分控えめでもしっかりとした身体に優しい美味しさを実現します。
作りたての料理をそのままの味で“記録”し、どこへでも届けることを可能になります。これまで、例えば最高においしいラーメンを冷凍して海外で提供しようとしても、現地の味を再現することは困難でした。しかしこの技術を使えば、シェフが作り上げた渾身の一杯が、そのクオリティを損なうことなく、時空を超えて世界中の人々の元へ届くのです。ラーメンに限らず、あらゆる料理でこれが実現します。この2つの力が合わさるからこそ、革命的なのです。
こうした前提をご理解いただくと、私が目指す未来が見えてくるかと思います。これは、シェフの仕事が不要になるという話では決してありません。むしろ、一人のシェフが持つ卓越した技を、きちんと評価される「事業」へと昇華させることができるのです。これまでシェフ自身がその場所にいなければ成立しなかった食の体験が、生産者である農家の方々と協業することで、どこにでも届けられるようになります。
音楽の世界を思い浮かべてみてください。作詞家、作曲家、編曲家、歌手、プロデューサーといった専門家たちがチームを組み、一つの楽曲を創り上げます。そして、それぞれの貢献に応じて権利が分配されます。映画も同様に、共同製作方式によって投資や貢献度に応じた分配が行われます。なぜなら、彼らの仕事は一つひとつがIP(知的財産)として価値化されているからです。
しかし、食の世界では「腐敗・劣化」という宿命のために、これができませんでした。どれだけ素晴らしい食材を生産しても、その価値が正しく評価されず、買い叩かれてしまうこともしばしば。生産者や料理人の努力が報われにくい構造が続いてきました。
「食のレコーディング」は、この構造を根本から覆します。「この人参は〇〇さんが」「この肉は△△牧場が」「この目利きは□□さんが」「このレシピはシェフの▽▽が」というように、関わった全ての人の仕事がIPとして記録され、正当に評価されるチームワークが生まれます。このことのインパクトは計り知れません。
私は、この「食のレコーディング」を日本の、そして世界の食産業の新たな武器として、世界と戦える状況を創り出していきたいと考えています。
「縦割り構造の打破」や「オーケストレーション」といった言葉を口だけで唱えていても、現実は何も変わりません。既存の仕組みが立ち行かなくなりつつある中で、多くの人が明確なビジョンを示せないまま混乱しているように見えます。だからこそ、私は「こちらに進めば道は拓ける」という具体的な方向性を示し実践していきたいのです。
その最も先進的で、かつ具体的な答えが、この「食のレコーディング」なのです。