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2025

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    カフェ創造の原点は日本の“余白力”

    #13カフェ創造の原点は日本の“余白力”

    原石からダイヤへ

    前回は、私が始めたカフェが想定をはるかに超えて多店舗展開へと広がっていったことをお話ししました。今回は、そのプロセスの中で感じた日本の「余白力」について、掘り下げたいと思います。

    私が店舗開発にあたり最初に手がけたのは、立地の概念そのものを問い直す「立地創造型店舗」でした。たとえば、人通りがほとんどない高架下や、渋谷のキャットストリートに、カフェをつくったのです。「こんな場所で商売が成り立つの?」と疑問を持たれるような場所にこそ、新たな価値が眠っていると考えていました。

    その背景に、「サードプレース」という概念があります。これは一般的には、「自宅でも職場でもない、第三の場所」を意味します。しかし私の理想は、そのどちらの役割も果たすような場所です。会議もできて、食事もできる。仕事もできて、誰かと語り合うこともできる。そんな空間をつくることを目指しました。渋谷の高架下のような「谷底」に人が集まるようになったのは、そうした空間に多様な来店動機が生まれたからです。

    「あそこでミーティングをしよう」「食事をしながらアイデアを出し合おう」「ちょっと面白そうな人が集まっているから行ってみよう」——そういった思いが人を動かし、街の谷間に人が集まり、やがてそこから新しい価値や文化が生まれていきました。深海魚のように蠢く多様な人々が、出会い、混ざり合い、自然と発信が生まれていく。そういう場所が、私にとっての理想のカフェなのです。

    高架下の店からは、写真家やミュージシャンなど数々のアーティストたちも巣立っていきました。「SUPER」というプロジェクトを手がける写真家のレスリー・キーもその一人で、シンガポールから日本に来てすぐの頃、毎日うちのカフェを拠点としてくれていました。つまりカフェという場が、ひとつのカルチャー発信地となっていたのです。

    カルチャーという点では、青山に開いた「カフェ246」も印象深い店のひとつです。旅をテーマにしたこの店の隣には、わずか10坪の書店「ブック246」を併設しました。今でこそスモールサイズの書店は増えましたが、当時は珍しく、「10坪の本屋なんて儲からない」と言われたものです。しかし私は、本屋だからこそできるプロモーションやイベントを通じて、発信拠点にできると確信していました。結果的に「カフェ246」「ブック246」は多くの人々に支持され、小さな書店のひとつのプロトタイプになったと感じています。

    また、不動産に対しても通常とは異なる視点を持っていました。90年代までは、オフィスはオフィス、道路は道路、と用途を明確に分け、効率を優先する都市計画が主流でした。しかし、人口減少が避けられない時代に、従来のレギュレーションをそのまま適用するのは、少し違うのではないかと思うのです。

    だから私は、これからの日本には“余白”が必要だと考えています。がちがちに整備された都市ではなく、ちょっとした“あいまいさ”や“余白”があることで、人が自然と集まり、アイデアが芽生え、創造が生まれるのではないかと。

    実はこの“余白力”は、日本人が古くから持っている感性です。たとえば、弊社がカフェを展開している伊右衛門のCMで描かれていた、「縁側」でお茶を飲むシーン。あの「縁側」は、屋内と屋外をゆるやかにつなぐ“あいまいな空間”です。そこには「内と外」「人と自然」を調和させる美意識があります。

    実際、20世紀初頭には世界中の建築家たちが京都桂離宮などを訪れ、日本の建築のモダニズムに感銘を受けました。彼らが驚いたのは、形式的な建築ではなく、あいまいさと借景の美しさ、そして空間に残された“余白”だったのです。

    デンマークのルイジアナ美術館は、そうした日本の思想を見事に取り入れた空間です。美術館内の回廊(コリドー)には、日本の映画や建築にインスパイアされたような趣があります。

    パリでも、カフェのテラスに椅子やテーブルを並べて、街と緩やかにつながる空間がつくられています。これはまさに「内か外か分からない」あいまいな空間の良さ。こうした関係性の中で、街も人も店も、心地よく共存していくのだと思います。

    私がずっと考えているのは「人間にとって本当に快適な空間とは何か」ということです。単に効率を追い求めるのではなく、「人間の脳や感性が活性化し、心地よくなれる場所」こそが、最も良い仕事や創造を生むのではないか。それが、私の考えるヒューマニズムであり、経済のあり方でもあります。

    カフェを「ただの飲食店」ではなく、「都市と人間の接点」としてとらえ、あらゆる空間をカフェのような場にしていく。それは、街そのものを「カフェ化」していくプロジェクトであり、この発想こそ、私の原点である「カフェ・カンパニー」の精神そのものなのです。

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