
私の心の支えである『音楽』という存在
9/13(土)
2025年
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高濱 正伸 2025/08/27
私は時々人から、「すごい熱量ですね」「情熱的ですね」と言われることがあります。その源泉は何かと問われれば、それは日々の内省の積み重ねに尽きる、と答えるでしょう。毎日、日記をつけながら「良く生きよう」と自問自答を繰り返してきた結果、それが私の生き方そのものになったのだと思います。
それは決して難しいことではありません。「今日は格好つけてしまったが、心から楽しめなかったな」といった日々の小さな違和感を、正直に振り返るだけです。大学受験を控えた一年間、私は徹底して自分と向き合い、分からないことを決して放置しませんでした。その時期は、内省が深くできており、驚くほど充実していました。その頃の日記には、内省から得た将来使えるネタをたくさん書き留めていました。
しかし、大学に合格した途端、雑誌で得た情報をもとに、いかにも大学生らしい格好つけのデートをしてしまったのです。横浜の港の見える丘公園をマニュアル通りに歩き、お洒落な店で食事をする。その帰り道、心の中に湧き上がってきたのは「なんて、つまらないんだ。自分は何をやっているんだろう」という強烈な虚しさでした。
私は、そうした心の動きも正直に日記に書き留めていきました。「一見楽しそうに見えても、自分が本当に楽しめていないのなら、それは楽しくないのだ」と。こうした記録を続けるうちに、私はいつしか、自分の心が本当に面白いと思うことしか選ばなくなっていました。
今の私の生き方は、その積み重ねの結果なのだと思います。「いつも忙しいですね」と言われますが、楽しいことを追い求めているうちに「あれもしたい」「これもやりたい」と、自分で勝手に忙しくなっているだけなのです。だから、少しも苦ではありません。私にとって一番辛いのは、「自分は今、何のためにこれをやっているのだろう」と感じながら過ごす時間です。
だからこそ、私がこの国で生きていて最も辛いと感じるのは、延々と契約書に印鑑を押し続ける時間かもしれません。教室を運営するための契約書が、毎日のように大量に送られてくるのです。他の国では必要のないことも多い手続きに、なぜこれほどの時間を費やさなければならないのか。そうした無意味さを感じる時間に、私の心は曇ってしまうのです。
私は常に動き、感じていたい。この連載の26回でお話しした5歳の子とのやりとりのように、金銭的な価値だけを追い求める人から見れば一銭の得にもならないような出来事こそが、私の心を本当に揺さぶるのです。それを絵画や建築、農業に求める人もいるでしょう。芸術も心から素晴らしいと思うのですが、私にとっての情熱の対象は、やはり「教育」以外にはあり得ません。
それでは、これからの時代を子どもたちが幸せに生き抜くために、本当に必要な力とは何でしょうか。
明治維新から戦後の復興期にかけて、日本には「欧米に追いつく」という明確な国の目標がありました。その時代は、テストで良い点をとり、国を導くエリートになることが、疑いようのない成功モデルでした。しかし、これからの時代は「多様性」という言葉に象徴されるように、先行きが全く読めません。このような変化の激しい社会では、旧来の学校教育で教えられる知識だけでは不十分です。
そうした時代に本当に必要となるのは、3つの力だと私は考えます。
一つは、状況に応じて思考を巡らせる「地頭の回転数」、いわば思考のエンジンです。 二つ目は、何があっても折れない「心の強さとしなやかさ」です。辛いと感じること、変化があるのは当たり前ととらえられるか。 そして三つ目が、物事の面白さや本質を捉える「感性・直観力」です。
特に重要なのが「心の強さ」です。プログラミングコンテストで優勝するような極めて優秀な若き起業家たちでさえ、仲間との軋轢(あつれき)や顧客からの厳しいクレームによって、心が折れてしまうケースを数多く見てきました。傷つきやすさは、引きこもり問題などにも通じる、現代日本の大きな課題と言えるでしょう。
では、どうすれば心の強さを育めるのか。私は、物事を「面白がる」姿勢が大切だと考えています。例えば私は、クレーマーの方と対峙する時でさえ、いい意味で、まるで珍しい昆虫を観察するような目で見ています。「なぜこの人はこのような言動をとるのだろう」「生まれた時は同じ可愛い赤ちゃんだったのに、どうしてこうなったのだろう」と、その背景を味わい深く観察するのです。そうすると、腹立たしさよりも、人間という存在への愛おしさや興味が湧いてきます。一見、不遇に思える出来事も、「これは将来の面白いネタになる」と捉えれば、乗り越える力になるはずです。
では、この3つの力を育むには、どのような環境が必要でしょうか。
幼少期においては、読書や何かに夢中になる体験も素晴らしいものですが、私は特に「自然の中での外遊び」が、根源的かつ総合的な力をつける上で最適だと考えています。自然の中には、予測不能な変化や危険、そしてゼロから何かを創造するクリエイティブな要素が詰まっています。本気で遊びに没頭できる子、熱中できる子は、大丈夫です。
そして思春期以降は、自分自身の内面を深く構築していく時期に入ります。その際に重要になるのが、良い師やメンター、心揺さぶる一冊の本、そして「旅」との出会いです。特にバッグパッカーなど一人旅の経験者は、自分らしい豊かな人生を築いていることが多いように感じます。慣れない環境に身を置き、常識が通用しない中で物事を考える時間は、人を大きく成長させます。また、文化は違えど、子を思う親の気持ちなど、人間の根源的な部分は世界共通であることに気づくでしょう。
最後に、メディアアーティストの落合陽一さんの言葉を借りるなら、「心から憧れ、ついていきたいと思える人との出会い」もまた、人生を豊かにする上で欠かせない要素と言えます。