
誰にも見せない「日記」が育んでくれたもの
9/11(木)
2025年
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高濱 正伸 2025/08/07
田舎にいながらにして、「集中した自学」という最高の学習体験をさせてもらったおかげで、私の中学時代は順風満帆でした。4月に行われた最初の全県実力テストでは、学年で1番か2番。偏差値はなんと、91を記録していました。当時は偏差値の意味すら分かっておらず、「なぜ100点じゃないんですか?」と尋ねたのを覚えています。その後も、定期テストはテスト勉強をせずとも、授業を聞いているだけで、1番という状態でした。
それは、まさしく高野先生が授けてくれた自信の賜物でした。「よう頑張ったな!」先生はそう言って背中をぽんとしてくれるだけでしたが、私の中には「先生に見初められたんだ」という特別な気持ちがありました。その嬉しさが、つい私を机に向かわせていたのです。
私は、自分だけが先生から特別なひいきを受けていると、ずっと信じ込んでいました。その思い込みが覆されたのは、50歳の時。ある同級生との再会がきっかけでした。
小6の時のクラスメイトが、さいたま市で教育熱心な地域として知られる中学校の校長になっていると知ったのです。「えっ、あいつがエリートになっているとは!」と驚きました。その後、縁あって彼の学校で講演をすることになり、私たちは再会を果たしました。
少し偉そうな口ぶりで「民間で頑張っているそうだね」などと言う彼に、私はすっかり小学生の頃の気持ちに戻って、昔の失敗談をからかってやりました。すると彼も「言うなよ、それ!それなら俺も、お前の秘密を言ってやろうか!」と応戦してきました。二人でひとしきり笑い合った後、彼が自慢げに言ったのです。
「俺、高野先生にひいきされとったんよ」
「いやいや、それ俺ですけどー!」
お互いに一歩も譲りません。しかし、彼の話を聞くうちに、私は驚愕の事実に気づかされます。
彼は当時、平泳ぎで県の5、6番に入るほどの選手でした。ある日、高野先生に呼ばれ、「お前、すっごいな。河童か。オリンピックに行くかもしれんね」と褒められたそうです。そして、「お前は少なくともスポーツで食うね。すごいことになるだろう。東京に出る可能性も大だから、勉強だけはしておけ。俺が見てやるから自学しろ」と。それは、私にかけられた言葉と全く同じものだったのです。
高野先生は、クラス45人、一人ひとりの良いところを見つけ、1対1になると「君は特別だ」と耳打ちする作戦を遂行していました。その言葉で心に火をつけられた私たちは、それぞれが主体的に学び始めたのです。そういえば、休み時間にクラスメイトが代わるがわる先生の元へノートを持って行っていた光景を、今になれば思い出します。てっきり自分だけだと思っていた「ひいき」が、まさか全員に向けられたものだったとは。
この経験は、私自身が子育てについて語る際の、大切な教訓にもなっています。例えばきょうだいがいると、どうしても親の愛情に偏りが生じがちです。だからこそ、一人ひとりと1対1の時間を作り、「あなただけ」の特別な話をしてあげることが、子どもの自己肯定感を育む上でいかに重要か、ということを伝えています。
高野先生の作戦がいかに有効だったか。それには明確な証拠があります。私たちが中学に進学した際、学年トップ10のうち、実に8人が高野先生のクラス、6年6組の出身者だったのです。これは確率的にあり得ません。先生の「個人的なひいき作戦」によって、私たち一人ひとりの心に灯された火が、大きな力となって花開いた、何よりの証左だと思っています。