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2025

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    「パートナー力」――2人で1つの偏差値

    #21「パートナー力」――2人で1つの偏差値

    原石からダイヤへ

    私はこれまで、教育のプロとして、どんな子とも境界なく触れ合うことに自負を持っていました。しかし、我が子が重度の障害を持って生まれた時、その現実は「甘くないな」と痛感させられるものでした。

    この子は生涯、自立することはないだろう。それは、社会にずっと負担をかけ続けるということなのか。親の立場から見れば、ただ純粋で愛おしい存在です。しかし、将来を考えると、稼げるお金は雀の涙ほどで、社会の中でどう生きていくのか、暗澹(あんたん)たる思いでした。

    私は元来、少し暇があればパチンコにでも行こうかと考えるような、遊び人の気質を持った人間でした。ところが、息子が生まれて10年ほど経ったある日、ふと自分を振り返ってみて驚きました。「あれ、息子が生まれてから、自分は驚くほど真剣に、毎日走り続けて、迷いなく仕事に向き合っているじゃないか」。その時、はっと気づいたのです。「これこそが、この子の持つ力なのかもしれない」と。

    息子の能力を学校の成績のようなものさしで測れば、「字も書けません、座れません、トイレもできません」と、偏差値がつかないほど何もできない子、ということになります。しかし、「息子と私」という2人1組のチームで見るとどうでしょう。この子がいなければ、私のパフォーマンスは10のままだったかもしれません。それが、この子が生まれたおかげで100にまで引き上げられました。息子が、私を必死に頑張らせてくれている。これこそが、この子の存在意義なのだと、腑に落ちたのです。

    それだけではありません。息子は私を、ただ頑張らせるだけでなく、この上なく幸せな気持ちにしてくれます。見栄や虚飾、邪心といったものが一切ないので、毎日、私が抱きしめるとただ「好きだよ」という純粋な気持ちだけで、トントンとしてくれる。それだけで、私の心はすーっと癒され、整えられていくのです。

    この経験から、私は新しい価値観を見出しました。それは、息子と私、「2人で1つの偏差値」をつければ、とてつもなく高い数値になる、という考え方です。個人で評価すれば点数がつかなくても、ペアになることで強くなれる。私はこの力を「パートナー力」と名付けました。個人の能力ばかりが問われる時代が長かったからこそ、誰かと共にいることの意味を問い直したいと思ったのです。

    とはいえ、最初からそう思えたわけではありません。息子が生まれた当初は、妻も現実を受け入れられず、どん底まで落ち込みました。私も妻を「支えなければ」と思ってはいるものの、同時に答えなど簡単に出るものではないということも悟りました。

    やがて、「パートナー力」という光が見えてきましたが、それでも心のどこかでは「価値のないものにも意味を見出したいという、親心に過ぎないのではないか」という疑念も残っていました。

    そんな私の固定観念を打ち破ってくれたのも、また息子自身でした。私は、障害を持つ子にとっては社会との接点が何より大事だと考え、息子のために水泳や音楽、絵画の教室に通う機会を作っていました。そこに何かを期待していたわけではなかったのですが、ある時、息子が描いた絵が専門家の方の目に留まり、「これは絶対に世に出すべきです!」と強く勧められたのです。その絵でシャツを作ったところ、雑誌『Pen』で特集が組まれるほど大きな注目を浴び、1枚1万円以上するにもかかわらず、バズって大当たりしました。

    「あれ、こいつ、税金を払えるじゃないか」。親である私自身が、「障害があるから無理だ……」と思い込んでいたことに気づかされた瞬間でした。

    息子の挑戦は、今も続いています。水に顔をつけるだけで泣いていたあの子が、練習を続けた結果、今では支えがあれば水中に潜れるようになりました。小さい頃は水泳をするとすぐに風邪を引いてしまうし辞めようかとも思っていたのですが、うちの子は粘り強さがあり、続けられたのです。重度の障害を持つ子がスキンダイビングに挑戦するのは、日本では他に例がないそうです。この夏、沖縄の海で、彼はまた新しい可能性の扉を開こうとしています。

    息子がやることなすこと、すべてが私に大きな学びを与えてくれます。「できない」と決めつけているのは、私たち大人の側が持つ偏見(バイアス)なのかもしれない。人間の可能性は、どこまでも広がっていくものなのだと。

    多くの子育てに悩む親御さんから相談を受けています。例えばスーパーレディとして活躍しているような方でさえ、我が子の教育には真剣に悩んでいます。その一つひとつに応えるのは、時間がいくらあっても足りない「ありがたい大変さ」です。しかし、息子との日々も含めて、私がこれまでのたうち回るように格闘してきた経験のすべてが、今、確実に誰かの役に立っている。そう感じられることが、私の大きな喜びなのです。

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