
「パートナー力」――2人で1つの偏差値
9/12(金)
2025年
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高濱 正伸 2025/08/20
2020年1月、ダイヤモンド・プリンセス号の集団感染のニュースが世間を騒がせていた頃、私は強烈な危機感を覚えていました。信頼している著名な医学の研究者の方が「今回のコロナウイルスはかつて見たことのない恐ろしい挙動を示している。これから大変なことになりますよ」と警鐘を鳴らすのを見て、これは尋常ではない時代の到来だと直感したのです。
私は「とにもかくにも、授業に行けない、スタッフが動けないということになっても、お金を稼がなくては社員が食っていけない」という危機感を覚え、1日、2日で集中して考えをまとめたあとに、社員に対して、全面的なオンライン授業への移行の指令を出しました。
それを受け、社員たちはすぐに行動してくれました。それまでオンライン授業などほとんどやったことがなく、Zoomの使い方すらおぼつかなかった状態から、花まる学習会の年中・年長、小学校1〜6年生のすべてのコースのコンテンツをオンライン仕様に変更。また、受験塾で中学生コースもあるスクールFCでも、各科目・各コース、膨大な数の授業をすべて分担し、驚異的なスピードでオンラインコンテンツとして作り上げたのです。この初動の速さは、業界でも随一だったと自負しています。結局、私は社員に恵まれているのです。
それでも、先の見えない不安は続きました。志村けんさんの訃報が届いた時の衝撃は、今も忘れられません。コロナ禍において、正直「あ、もう、この会社は終わりかもしれない」と思った瞬間はありました。「もうやめてくれ!」というようなことも起きる。塾という業態は、こういう時にあっけなく潰れてしまうものです。休会する方も多く、その年の売上は前年比で5億円も落ち込みました。会社に余力があったためどうにか乗り切りましたが、本当に大変な時期でした。
その年は、子どもたちとサマースクールにも行けず、社員だけで山へ行き、野外活動をやってみせた様子を動画に撮って配信しました。まるでYouTuberのような、苦肉の策でした。
翌年、私たちはサマースクールの再開を目指しました。1人の3年生の子にとっては二度とない3年生の夏。子どもたちにサマースクールの経験を積ませたいのはもちろんのこと、社員もサマースクールがないと心が死んでしまう!と焦りました。しかし、そこには「スタッフ全員のワクチン接種」という大きな壁が立ちはだかっていました。そんな私に手を差し伸べてくれたのが、経営者仲間であるジャパネットたかたの現社長でした。「うちのビルで大規模接種をやりますよ。来ますか?」と誘ってくれたのです。
「ぜひお願いしたい!」と頼み込むと、彼は快く受け入れてくれました。さらに、私が「申し訳ないのですが、そのワクチン接種の日程では、サマースクールの出発日に間に合いそうにありません」と相談をしたところ、ジャパネットたかたには何の利益もないにもかかわらず、「分かりました、すぐに急がせます」と、私たちのために接種スケジュールを早めてくれたのです。そのおかげで、私たちはマスクとフェイスシールドという物々しい装備ながらも、無事にサマースクールを開催することができました。あの時のご恩は、一生忘れません。
苦労して再開した対面の場は、やはり特別なものでした。リアルには、オンラインとは全く違う熱量があります。「幸せになり度」が高いのです。子どもたちがためらいなくすり寄り、抱きついてくる。私の体に4年生の子が「登り棒、登り棒だ!」と言いながらよじ登ってくる。「登り棒じゃないよ」と言っても、喜んで登ってくる。そんな、たわいもないおふざけも含めて、人と人が直接触れ合うことの価値を改めて実感しました。
面白いことに、苦境の中で始めたオンライン授業が、私たちに新たな可能性をもたらしてくれました。オンラインだからこそ、世界のどこからでも授業に参加できる。その利点を活かし、今では30か国以上の子どもたちが「花まる学習会」に参加し、さらに広がりも見せています。
そして、今、普段はオンラインで学んでいる子どもたちも、サマースクールに非常に意欲的に参加してくれています。彼らは、リアルの場で会えるこの機会を、誰よりも心待ちにしてくれています。「どこから来たの?」と尋ねると、以前は「神奈川!」「東京!」という答えがほとんどでしたが、今では「アメリカ!」と元気よく答える子もいるのです。サマースクールの価値をわかってくれている人が世界中にいることが嬉しいです。
コロナ禍は多くのものを奪いましたが、私たちの裾野を世界へと広げてくれました。危機の中で生まれた繋がりが、「花まる学習会」の新しい扉を開いてくれたのです。