
「あの時ほど苦しいことはない」と言える経験をした...
9/11(木)
2025年
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高濱 正伸 2025/08/09
中学2年生のクラスは、不良の集まりでした。その中からいったい何人が少年院へ行ったのだろう、というくらいです。
そんななかで迎えた合唱コンクール。不良たちが合唱コンクールなんてやるわけないとだれもが思っていましたが、見事にやり遂げたのです。
きっかけは、私が起こした一つの事件。当時は、学生運動の真似事のようなものが、残り火のように燻(くすぶ)っていました。ある時、私は特攻隊の生き残りだという美術の吉川先生に不満を抱き、「授業をボイコットしようぜ!」とクラスメイトを扇(あお)ったのです。クラスの皆がそれに乗り、教室の机や椅子を積み上げてバリケードを築きました。
しかし、相手は特攻隊帰りです。吉川先生は恐れることなく、体当たりでドアをガーッとぶっ倒し、入ってきて怒鳴りました。 「誰だ、これをやったのは!!」 柔道部の顧問でもあった吉川先生の怒りに、クラス中が静まり返ります。
みんなが恐れおののく中、私はすっと立ち上がり、「あ、私がやりました」と名乗り出ました。すると、その瞬間から、クラスの不良たちが私になついたのです。「あいつは度胸があるじゃないか」と。そして、私は殴られる覚悟で言ったのですが、吉川先生も意外なことに私を捕まえるなり、「お前は、見どころがあるねー」と言っただけで済みました。
この一件でクラスの雰囲気が変わった2月、その合唱コンクールを迎えました。いまでも曲を覚えていますが、練習を重ねるうちに不思議とクラスに一体感が生まれ、「なんかいい感じになってきたんじゃね?」と思うくらい皆が本気で歌うようになっていきました。 そうしたらなんと、優勝してしまったのです。
私たちの合唱は、自分たちでも驚くほどの出来栄えでした。そして結果発表の時。3位、2位と他のクラスが呼ばれるたびに、「ああ、違う」と落胆の声が漏れます。そして、ついにその瞬間が訪れました。
「1位は、5組!」
そのアナウンスを聞いた途端、「ウオーッ!」という歓声が爆発しました。「俺たちだー!」と喜び合いました。まるでドラマの『ROOKIES』のような光景でした。不良も真面目な生徒も、男女の区別なく、泣きながら抱き合って優勝を喜びました。人生における喜びの頂点は、と聞かれたら、私はあの瞬間を挙げるかもしれません。
今でも同窓会で集まれば、誰もが「あの時は楽しかったねえ」と口にします。多感な時期に、心を一つにして何かを成し遂げたこの経験は、私の人生にとって、かけがえのない大きな財産です。
そして実はその日、「今日、合唱コンクールやろ?」と母親が観に来るような素振りを見せたのですが、私は思春期に入っていたこともあり、「絶対来ないでね!」と釘を刺していました。客席を見回しても、母の姿は見えませんでした。
家に帰ると、母が「どうだった?」と尋ねます。私は「いや、べつに」とぶっきらぼうに答えました。すると、母が笑いながら言ったのです。
「本当は見に行ってたんだよ。陰から見とったとばい」
「来るなって言っただろ!」
そう言いながらも、心の中では「やったー!」と。これが「中二」の姿ですよ。
最後はおふくろに見ていてほしいし、知っていてほしい。
それが人間なんですよね。母親はいつまでも偉大な存在です。