震災の苦難を越えたインターペット第1回開催
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#15捨て猫たちが教えてくれた長寿の命と、「インターペット」の革新的な産声
越村 義雄 2026/07/15
私がペットフードの品質向上や資格制度の創設にこれほど情熱を注いできた原点には、自らの人生を豊かにしてくれた愛犬や愛猫たちとの愛おしい記憶があります。
これまでに犬や猫をはじめ、幼少期の新潟では犬、小鳥、亀、金魚、昆虫など、常に多くの生き物たちに囲まれて育ちました。なかでも強く印象に残っているのは、我が家にやってきた捨て猫たちです。最初の猫は、夜の7時を過ぎた頃、近所の子供たちが何人かで連れてきました。学校で猫を見つけたものの「先生から『学校では飼えない』と言われ、周囲のご家庭でも次々と断られて行き場がない」と、泣きそうな顔で我が家の門を叩いたのです。我が家ではその小さな命を引き取ることに決めました。その猫は私の家族も含めて深い愛情を注がれ、最終的に18歳(マリー)という大往生を遂げてくれました。さらにその後、家の前をうろついていた別の白い野良猫も保護して面倒を見ましたが、その猫はなんと19歳(シロ)まで長生きしてくれたのです。これらの2頭は藤村かおりさんの著書『長寿猫』に紹介されました。近所から譲り受けたアメリカン・コッカー・スパニエルのミックス犬を育てたことも、かけがえのない経験です。
彼らと過ごす日々の中で、私は「正しい栄養を含んだ本当に良いフードを与えれば、彼らは確実に長生きしてくれる」という事実を、身をもって実感していました。だからこそ、ペットに関わるすべての人々が正しい知識を身につけることは、単なる学習ではなく、命を守るために不可欠なのだという信念が生まれたのです。
2009年にペットフード協会の会長に就任した際、私は日本のペット産業をさらに発展させるための新しいグランドデザインを描いていました。ちょうどその頃、世界最大級の見本市を主催するメッセ・フランクフルトの日本法人から、「日本で新しいペットの展示会を立ち上げませんか」という提案をいただいたのです。私はそのビジョンに深く共鳴し、「ぜひやりましょう」と間髪入れずに快諾し、ペットフード協会の理事会でもご承認をいただきました。
しかし、既存の枠組みからの反発は想像以上に激しいものでした。それでも私には、どうしても成し遂げたいイノベーションがありました。当時、一般社団法人日本ペット用品工業会さんが主催の「ジャパンペットフェア」という歴史ある展示会が存在しており、それが用品工業会さんにとって貴重な大きな収入源となっていたからです。私が新しい展示会を始めると伝えた際、先方の会長や理事会のメンバーの方々から「なぜそんな余計なことをするんだ」「ジャパンペットフェアがあるのに」と、激しい抗議の言葉をぶつけられました。 それでも私が一歩も引かなかったのは、既存の展示会と私が目指す「インターペット」とでは、そのコンセプトの広がりが根本から違っていたからです。従来のペットフェアは、あくまでペットフードメーカーや用品メーカーなど、既存の「ペット業界の村社会」の中だけで完結していました。さらに、海外企業の参入も閉ざされていたため、市場としての広がりや発展性が頭打ちになっていると感じていました。
私が目指したのは、国境を越え、また、業界の垣根を越えて、あらゆる産業が「ペット」というキーワードで融合する場所でした。これからの時代、自動車、住宅、IT、旅行、家電など、全く異なる業界が必ずペットとの共生に関わってくる。その柔軟な発想をウェルカムの精神で迎え入れ、お互いのアイデアを融合させてこそ、日本のペット産業の真の未来が切り拓かれると確信していたのです。


