人生100年時代を支えるパートナー——超高齢化社...
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#22海外の先進施設に見た共生の理想と、「ノーと言える決断力」
越村 義雄 2026/07/22
私が「人とペットの幸せ創造協会」などを通じて目指しているのは、社会のインフラそのものが人と動物の共生を前提として機能する成熟した社会です。一般的なペットフードメーカーの社長であれば、自社の製品をいかに売るかという足元のビジネスを最優先に考えるのが普通でしょう。しかし私は現役時代から境界線を作らず、世界の先進的なアニマルセラピーや福祉の現場に自ら足を運んでいました。
その象徴が、ニューヨーク州にある、発達障害の子どもたちが動物と暮らす世界最大の施設「グリーンチムニーズ」への視察です。今から3年前の2023年に、私は現在の日本獣医師会会長兼世界獣医師会会長である藏内勇夫先生をはじめとした業界のリーダー10名ほどをお連れして、この仕組みを見ていただきました。また、ミズーリ州にある、高齢者がペットと一生暮らせる施設「タイガープレイス」にも3回ほど赴き、国内の視察団をご案内してきました。「海外の優れた仕組みを日本に持ってきたい」という想いは、今も私の原動力となっています。
しかし、現在の日本には、欧米のようなスムーズな共生社会を実現する上でまだ高い壁があります。例えば航空機内へのペット同伴搭乗です。かつてJALやANAが試験的に機内同伴ツアーを企画した際、ペットが苦手な方やアレルギーを持つ顧客から「その機体には絶対に乗らない」といった猛烈な抗議の電話が殺到したそうです。航空会社が「運行後に徹底的なクリーニングを行うため、匂いも毛も全く残らない」と説明しても、納得してもらうのは非常に難しかったと言います。欧米では当たり前の光景ですが、日本ではまだ感情的な拒絶が根強く残っているのです。
これは飲食店でも同様です。最近はホームセンター等でペット同伴可の店舗が増え、理解が進みつつありますが、これがスーパーやレストランになると一気にハードルが上がります。この状況を民間から変えるため、現在私たちは公益財団法人日本ヘルスケア協会の人とペットとの共生によるワンヘルス部会を通じて「ペットパスポートプロジェクト」を検討しています。飼い主への知識試験だけでなく、ワンちゃん自身にも「レストランで静かに伏せて待てるか」「他の犬に吠えないか」といった厳しい試験を課し、社会的な証明書を発行する試みです。まずは港区などの自治体とも協力しながら、ルールとマナーを担保した新しい共生の形をスタートさせたいと考えています。
現在、日本のペット飼育率は低下を続けていますが、ペットビジネスの極意とは「ペットを好きな人をどれだけ作っていけるか」に尽きます。私はすべての子どもたちに、一度は動物と暮らす経験をしてほしいと願っています。2012年の研究発表でも、赤ちゃんの頃からペットと暮らしている子どもは、将来のアレルギー疾患や感染症のリスクが劇的に低下することが立証されています。綺麗すぎる環境よりも、幼少期に多少ほっぺたを舐められるくらいの方が免疫が鍛えられるのです。今や子どもの5割近くが花粉症に悩む時代ですが、「赤ちゃんの頃からペットと暮らすことで花粉症リスクが2〜3割減る」という疫学的な研究が進めば、業界にとって強力なフォローの風となり、大きな社会的意義を持つことになるでしょう。
こうした現場主義の視点と市場への深い洞察があったからこそ、私は日本ヒルズ・コルゲートの社長時代、組織の命運を分ける最大の決断を下すことができました。それは、強大な権限を持つアメリカのグローバル本社に対して、毅然と「ノー」を突きつけることでした。
ある時アメリカ本社から、動物病院向けの新しいプレミアムブランド「ヘルスブレンド」を開発し、日本でもすぐに病院向けの主力製品として、サイエンス・ダイエットからこれに切り替えるよう命令がありました。しかし、日本の現場に精通していた私は、「そんなことをすれば、これまで『サイエンス・ダイエット』を信頼して推奨してくださっていた獣医師の先生方の信頼を失い、ブランドそのものが他社にシェアを奪われて崩壊する」と確信し、明確に「ノー」を出したのです。大半の外資系トップは本社のイエスマンになりがちですが、私には圧倒的な販売実績の裏付けがあったため、対等に反論できました。結果、日本での導入は見送られ、先行して導入された欧米では、その後このブランドは失敗して廃止となりました。あの時、ノーと言って本当に良かったと思っています。
一方で、私は日本独自の流通分離戦略として「サイエンスダイエット・プロ」という新ブランドを立ち上げました。当時、従来の「サイエンス・ダイエット」がホームセンターや大型量販店(GMS)へ拡大していく中で、専門性の高いペット専門店や動物病院からは、プロフェッショナルなイメージの低下を懸念する声が上がっていました。そこで、病院や専門店ルート限定の最高峰ラインとして「プロ」を開発し、通常のラインは量販店へと拡大する棲み分けを行ったのです。
この日本独自の戦略が見事に功を奏し、専門店や先生方の信頼を守りながらマス市場でのシェアも爆発的に拡大。2006年から2009年にかけて、ヒルズは日本のペットフード市場で末端金額シェア「業界ナンバーワン」の地位を勝ち取ることができました。当時は専門店や病院が果たす役割は比較的に大きかったでしたが、現在世界のペットフード市場は、欧米を含めインターネット通販(EC)が最大のマーケットへと変貌を遂げつつあります。時代とともに流通のチャネルは変わろうとも、本社の圧力に屈せず、現場の信頼と市場の本質を見極めて最適な決断を下すことの重要性は、今も昔も全く変わりません。


