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Peatix Japanが描く「第二創業期」―創業14年、新社長が語る“人とつながる”プラットフォームの原点と未来―
ビジョナリー編集部 2025/11/12
2011年の創業以来、イベント・コミュニティプラットフォームとして成長を続ける「Peatix Japan(ピーティックス・ジャパン)」。
2025年5月、創業メンバーの一人である藤田祐司氏が代表取締役に就任した。東日本大震災という予期せぬ事態の中で見出したコミュニティの力、そしてコロナ禍を経て再認識された「人とつながる」ことの重要性。まさに「第二創業期」と位置づける今、藤田新社長に、就任への想いとPeatix Japan(以下、Peatix)が目指す未来について伺った。
コロナ禍を経た今こそ第二創業期。見直すべきコミュニティ醸成のための機能強化
創業から14年、このタイミングでの就任に至った経緯と想いを教えてください。
創業したのが2011年なので、ちょうど14年が経ったタイミングです。私たちは創業時から「More than a ticket」、つまり単なるチケットサービスにとどまらず、コミュニティ形成に貢献したいと打ち出してきました。
特に数年間にわたったコロナ禍では、人と強制的に出会えなくなったことで、人と人のつながりの大事さやコミュニティの重要性が再認識された タイミングだったと感じています。
コロナ禍が過去のものになりつつある今のタイミングを、Peatixとしては「第二創業期」と捉えています。これまでイベントの集客力は強みでしたが、つながりの部分、つまりコミュニティ醸成の機能はまだ発展途上でした。私がマーケティング担当としてコミュニティというテーマで活動し、書籍を出版させていただいた背景もあり、このタイミングで代表に就任し、コミュニティサービスとしてのPeatixをより強力に推進していくことになりました。
人がつながり、動いて、世の中を変えていく。それこそがコミュニティの力
2011年の立ち上げ当初から、コミュニティへの強い想いがあったのでしょうか。
Peatixは2011年5月に立ち上げましたが、実はその前に「Orinoco(オリノコ)」という会社で同じチームが別のサービスで失敗を繰り返していました。その中で「これからは人のつながりやイベントの民主化が進む」という概念からPeatixが生まれました。
正直に言うと、開発段階ではコミュニティをそこまで強く意識していたわけではありません。開発真っ只中の3月に東日本大震災が発生しました。当初はインディーズバンドの利用など、晴れの場での利用を想定していましたが、自粛ムードですべて白紙に戻ってしまったのです。
その中で何ができるかを突き詰めた時、震災復興のためにチャリティイベントを行う方々を支援しようと、利益を乗せない「ソーシャルグッド割」のような取り組みを始めました。このプラットフォームを使っていただくことが、当時我々にできる唯一の貢献だと考えたのです。
そこで初めてコミュニティの力、世の中を動かすために人がつながり動いていく様を目の当たりにしました。この経験が非常に大きかったのです。計算していたわけではありませんが、この時サポートさせていただいたアクティブな方々が、平常時に戻った際にPeatixを使い始めてくれたことで、一気にサービスが広がっていきました。
当時は我々のようなサービスが10以上も乱立した時期でした。他社がビジネスカンファレンスなど収益化しやすい領域に進む中、私たちは儲かりにくい「ロングテールの領域」、つまり草の根活動からスタートしました。そこが今、私たちがコミュニティを語る上での原点になっていると捉えています。
緊急事態宣言下に生まれた「オンラインイベント」という発想
その10年後にコロナ禍が訪れました。ユーザー層やイベントのあり方に変化はありましたか。
2020年の緊急事態宣言当時、Peatixのイベントは99%がオフラインでした。イベントは軒並みキャンセルとなり、目の前からイベントが消えていき、ビジネスとして成立しない危機的な状況でした。
しかし、私たちには10年間で築いた主催者の方々とのつながり、コミュニティがありました。「Peatixは大丈夫か」と多くの方から連絡をいただき、緊急でミーティングを重ね、「オンラインの活用しかない」というシンプルな結論に至りました。
そこからは、何も知らなかったオンラインイベントについて、がむしゃらに自分たちで配信を繰り返しました。多い時は1日に4本も配信し、オンラインで何が大事か、どんな機能が必要かを見出していきました。開発した機能がうまくはまり、Peatixはオンラインイベントのプラットフォームとして再認識され、イベント数はうなぎ上りに増え、あっという間にコロナ禍前を上回りました。
イベントのテーマも大きく変わりました。特に増えたのは、生き方やキャリアを考えるイベント、オンラインヨガなど心身のメンテナンス、そしてビジネス系のウェビナーです。それまで対面が主流だったビジネスイベントが、会場を押さえず効率的に配信できるオンラインに移行し、爆発的に増加しました。
結果として、イベントを企画する主催者の裾野が広がり、人々が発信する機会は格段に増えたと捉えています。
時には自分たちでも主催する。「やってみること」が大きな力に
震災やコロナ禍など、危機のたびに新しいアイデアを実践されていますが、その源泉はどこにあるのでしょうか。
大切にしているのは、まず自分たちで行動し、開催してみることです。創業当初からイベント現場に足を運び、受付を手伝う文化がありました。イベントは「生もの」であり、システムだけでは解決できません。例えば、QRコードの読み取り一つとっても、現場でないと最適なスピード感は分かりません。
お客様である主催者のイベントに参加するだけでなく、自分たちでも主催する。そこでのインプットが、次にやるべきことを見つけるきっかけになります。サービスとは利用者の課題(ペインポイント)を解決するものであり、その課題を正しく捉えるには、「自分たち自身も当事者としてやってみること」が不可欠です。
参加者全員が能動的に。理想的なコミュニティのかたち
社長が考える〈良いコミュニティ〉の条件とは何でしょうか。
コミュニティには様々な形がありますが、私が個人的に考えるコミュニティは「共助の形」です。
参加者も主催者もフラットな関係で、主催者が掲げる「こういうことを成し遂げたい」というビジョンに共感した人々が集まる。重要なのは、「参加者が能動的に動き、傍観者にならない人々の集まりであること」です。 これが実現できると、活動に広がりが生まれ、ビジョンも実現しやすくなると考えています。
海外のコミュニティ+日本の場作りで生まれる、新しいコミュニティの可能性
Peatixはアメリカ本社をはじめグローバルに展開されています。海外と日本でコミュニティに違いはありますか。
個人的な感覚ですが、海外のコミュニティはディスカッションが活発で、自分の意見をしっかり伝える文化があります。一方、日本はそこまで自己主張が強いわけではありませんが、 「一緒にこの良い場所を作っていくんだ」という、場作りへの共通の想いが非常に強いと感じます。
日本人は「行間を読む」ことに長けていますが、海外では直接言わないと伝わりません。どちらが良い悪いではなく、カルチャーの違いです。
この日本の持つ「場作りの概念」が、活発に意見を言う海外のコミュニティに組み合わさると、今あるものとは違う、新しい形のコミュニティが生まれる可能性があると考えています。
「日本の文化を発信すること」は、グローバルに価値を提供する上で我々のユニークな部分になると考えています。
「人生 100 年時代」に重要度を増す、コミュニティツールとしてのPeatix
創業14年を経て、10年後、さらにその先の未来において、Peatixはどのような役割を担っていくとお考えですか。
これから「人生100年時代」に入ると言われています。以前、神奈川県と連携協定を結ばせていただいた際、知事が「100年時代には、行政だけでは人々を支えきれなくなる。「人類を救うのはコミュニティだ」とおっしゃっていました。かつて地域社会が担っていた役割が、特に大都市では失われつつあります。
これからコミュニティの重要性はさらに増していくはずであり、Peatixにはそれを支える使命があると考えています。この14年で多様なジャンルのイベントやコミュニティが集まってきました。将来的には、社会生活を営む上での「社会基盤」のような存在になっていくべきではないかと。そこをしっかり支えていけるサービスにしていきたいです。
すでに、我々が当初想定していなかった使われ方も増えています。例えば、オーバーツーリズム対策として、白川郷の冬のイベントで駐車場の管理にPeatixが使われたり、災害ボランティアの登録を効率化するために活用されたりしています。
また、インバウンド(訪日外国人観光客)の方々が、日本のローカルな体験を発見するためのツールとしても可能性が広がっています。特定の使われ方に限定せず、これからも新しい価値を生み出していければと考えています。


