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2025

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    「AIは新しい“種族”だ」芝浦工業大学学長が語る、大学の未来とこれからの人材に必須の『異文化アジリティ』

    「AIは新しい“種族”だ」芝浦工業大学学長が語る、大学の未来とこれからの人材に必須の『異文化アジリティ』

    2027年に創立100周年を迎える芝浦工業大学。スーパーグローバル大学創成支援事業などを通じて国際化を推進し、その評価を高めてきた。しかし、その躍進を率いる山田純学長が見据える未来は、決して楽観的なものではない。AIの台頭は、大学の存在意義そのものを揺るがしかねないという。予測不能な時代に、大学は何を教え、社会はどのような人材を求めるのか。そして、これからの若者に本当に必要な能力とは何か。学長の描く未来図と、その根底にある独自の哲学に迫った。

    好調な今こそ投資を――学部改組と定員増に込めた覚悟

    2021年に学長に就任されてから、特に印象に残っていることは何でしょうか。

    私が学長に就任したのは、前の学長が国際化を力強く推進し、大学の評判が上がってきた、まさにその勢いの最中でした。その流れを削いではならないというプレッシャーは相当なもので、かなりの覚悟がいりました。

    就任後の大きな仕事の一つが、システム理工学部の改組でした。少子化にもかかわらず、思い切って定員増にも踏み切りました。法人から「200名増やせないか」と相談された時は悩みましたが、知り合いの経営者から「調子が良い時に投資しないでどうする。今やらないと二度とできないぞ」と背中を押され、決断しました。大学が改組すると、過去の入試データがないため受験生から敬遠されがちですが、それでも魅力ある組織にするしかない、と覚悟を決めました。この8月末に認可を得て募集を開始しましたが、幸いにも志願状況は好調です。

    大学改革の要、私が学部長時代に実践した「声の大きい人」との向き合い方

    改革を進める上で、大学ならではの難しさはありますか。

    大学の強みの一つに、教員と職員の隔たりがなく共に力を合わせて同じ方向に向かっていく「教職協働」の風土があります。幸い、本学は理事会をはじめ法人と教学の関係が非常に良好で、これが推進力になっています。

    しかし、学部長時代に痛感したのは、大学組織はトップダウンが利きにくいということでした。最終的な意思決定権を持つのが教授会であった当時、その合意形成は簡単ではありませんでした。教授会で発言するのは一部の「声の大きい人」で、しかも十分な情報がないまま感情的に反対されるケースが多いということです。

    そこで私は、改革案をいきなり議題に出すことをやめました。まずはいろんな場所で「こんなことをやりたいんだけど、悩んでいるんだ」と予告のように情報を小出しにしていく。すると、皆が少しずつ状況を理解し、瞬間的に反発することが減ります。さらに重要なのは、意見を学科単位でまとめさせないことです。学科の意見として一度固まると、組織の意見なので覆すことができません。そこで、教員一人ひとりから直接意見をもらう形にしました。そうすれば、個別に説得し、納得感を得てもらいながら進めることができます。このやり方で、難しい改革も前に進めることができました。

    最大の課題は「ブランド力」。内的価値と外的価値の両輪を回すためには

    現在の芝浦工業大学が直面している課題は何でしょうか。

    最大の課題はブランド力です。内部では研究力や教育力を必死に高めていますが、その価値が外部に十分に伝わっていない。ゴルフ場で会った文系の高校生は、本学の協定校の生徒さんなのに大学の名前すら知りませんでした。これが現実です。高校生はキャンパスの所在地や綺麗さで大学を選ぶこともあるといいます。そのような生徒さんにも目を向けてもらうには、だれもが知っているというブランドが必要です。

    資生堂の魚谷雅彦前会長CEOも著書で述べていますが、ブランドには研究力や教育の質といった「内的価値」と、誰もが知っている知名度などの「外的価値」があります。この両輪を回していかなければ、本当のブランドにはなりません。 箱根駅伝への挑戦もその一環ですが、ただ名前を売るだけでなく、大学の本質的な価値を高めることが不可欠です。

    大学の真価は「研究力」にあり。それが最高の人材育成に繋がる

    ブランドの「内的価値」として、今一番力を入れていることは何ですか。

    研究力の強化です。これは私の残りの任期で絶対に成し遂げなければならない最重要課題だと考えています。「駅伝の大学」というイメージも結構ですが、それだけではプロの世界では評価されません。大学の真価は、どれだけ質の高い研究ができるかで問われます。

    そして、この研究力こそが最高の人材育成に直結します。理系の学生は研究室に所属し、実践を通じて学びます。机上の知識だけでは実社会では役に立ちません。教員が本気で研究に取り組む熱意が学生に伝播し、研究を通じて学生が育つのです。 研究に力を注いできた結果、今では大学院への進学率が50%を超えました。これは非常に喜ばしいことです。

    これからの大学のあり方はどう変容していくのか

    AIの登場で、社会から求められる大学像はどう変わっていくとお考えですか。

    これは非常に難しい問題で、正直に言うと、AIの登場で大学は立ち行かなくなるのではないかとさえ思っています。

    先日聞いた話で衝撃的だったのが、AmazonやGoogleが新卒採用を大幅に減らしているという事実です。加えて、かつて先輩から教わっていたような仕事はAIが代替するため、企業は新卒育成にコストをかけたくない。大学の「新卒者を輩出する」という機能の価値はどんどん薄れていくでしょう。

    今後、大学に残るのは実践の場としての「研究教育機能」かもしれません。あるいは、特定のスキルを証明する「学位ビジネス」のような形になる可能性もあります。10年後、大学のあり方がどうなっているか、全く予測がつきません。

    未来を生き抜く鍵は「異文化アジリティ」

    予測不能な時代に、学生たちに最も伝えたいことは何ですか。

    私が卒業式などで学生に必ず話している、最も大切な能力。それは「異文化アジリティ」です。

    アジリティとは、予期せぬ事態に俊敏に対応する力のことです。そして、その最たる「異文化」こそが、AIの登場です。AIは、これまでの人間社会には存在しなかった、全く新しい文化、あるいは新しい“種族” のようなものです。

    これを頭ごなしに否定するのではなく、いかに俊敏に適応し、新しい文化、種族とつき合っていくか。 新しい事態が起きた時に、状況を的確に把握し、何をすべきかを考え、すぐに行動に移せる人間になることこそ「異文化アジリティ」です。多様な価値観を持つ人々と交流し、成功も失敗も含めた様々な経験を積む中でしか、この能力は磨かれません。これからの時代を生き抜くために、これほど重要な力はないと確信しています。

    #トップインタビュー#山田純学長#芝浦工業大学#異文化アジリティ#新しい“種族”

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