「検討はやめて、まずやってみろ」——開業25周年...
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欧州高級ブランドが絶賛する技術を安売り——「真面目すぎる日本人」の弱点と舶来信仰の罠
日覺 昭廣 2026/06/20
前回、日本企業の根深いデフレマインドについてお話ししましたが、この問題の本質は、業界の構造云々というよりも、私たち日本人の「メンタリティ」そのものにあります。「個人的に買い物をするなら、やっぱり安い方が嬉しい」という気持ちはよく分かります。ディスカウントスーパーへ行けば、300円台でボリュームのあるお弁当が買える。生活者としては確かに助かるのですが、社会全体の健全性という視点で見れば、この「安さの日常化」は極めて異常な事態です。
海外の物価は、すでに私たちの想像を遥かに超える地平へ行っています。ハンガリーのブダペストでマクドナルドに入れば、セットメニューで日本の感覚からはかけ離れた金額を請求されます。軽く食べるだけでも、数千円吹き飛んでしまうこともあります。日本人が海外旅行に行く際、向こうの食費が高すぎるからとわざわざカップヌードルを持参する時代です。日本国内の「ハンバーガーや牛丼が数百円、セットにしても1,000円前後で食べられる」という現状は、世界標準から見れば完全に置いて行かれています。
今から30年前、私たちが海外へ赴任していた頃は全く逆でした。「海外は物価が安くて素晴らしい」と、日本人が世界中のブランド品を買い漁り、日本企業がアメリカのロックフェラー・センターを丸ごと買収した時代もありました。それが今や完全に逆転し、外国人たちが「日本は信じられないほど安くて天国だ」と大喜びで観光に訪れ、海外の企業が日本の不動産や企業を買い叩いている。かつて誇った日本の国力が、為替や物価という冷徹な数字によって大きく毀損している現実を、私たちは直視しなければなりません。
なぜ、これほどまでに日本は「貧乏」になってしまったのか。その原因は、日本のモノづくりの現場が持つ「愚直なまでの真面目さ」にあります。
東レの原糸を使ってテキスタイル(織・編物)を作っている北陸などの産地企業を回ると、目を見張るほど素晴らしい高機能素材に出会います。展示会で社長たちに話を聞くと、「日覺さん、うちのこの生地、ルイ・ヴィトンやエルメスに採用されたんですよ!」と嬉しそうに教えてくれます。そのような欧州高級ブランドの店頭に並べば、その生地を使ったバッグや衣服が数十万円から100万円以上の高値で売られるわけです。
しかしその生地をそのブランドにいくらで納めているかを聞くと、「いや、ライバルもいるので、今回は従来より15パーセントほど価格を下げて納めました。うちは工場がしっかり回って、適正な利益が出ればそれで十分ですから」と言うのです。
私は、これほどもったいない話はないと思います。欧州高級ブランドが100万円で売るほどの絶対的な価値を認めた技術なのですから、コストベースで計算して安売りするのではなく、最終製品で100万円になるだけの価値を堂々と素材の価格にも載せて売るべきなのです。しかし、日本人は「原価がこれだけだから、利益をこれだけ上乗せすれば十分」と、コストから逆算して価格を決めてしまう。海外のブランドは、付加価値という「幻影」を巧みに作り上げて高く売る一方、川上の日本メーカーからは安く買って大きな利益を上げています。日本人はあまりにも真面目で、あまりにも奥ゆかし過ぎるのです。
先日、山形県のある素晴らしいニットメーカーを訪ねました。彼らが作る極上のカシミヤセーターは、卓越した技術の結晶で、我々が見ても本当にモノが良い。それが日本の店頭では4万8,000円で販売されていました。ところが、全く同じレベルのカシミヤをイタリアのブランドが扱うと、7万5,000円以上のプライスタグがつきます。
同社の社長は、「日覺さん、日本では国産の衣料品に5万円以上出す人はほとんどいないんです。でも、イタリア製というブランドがつくだけで、みんな7万5,000円でも喜んで買うのですよ」と悔しそうにおっしゃっていました。
日本人の心の中には、「海外のブランド(舶来品)は高くて当然だが、日本の国産品は安く買えて当たり前だ」という、奇妙な劣等感が未だに根強く残っています。実際に、安くて品質の良い製品が次から次へと出てくるのが日本の現状です。そうなると消費者の金銭感覚はさらに麻痺し、日本の優れた匠の技に対して正当な対価を支払おうとしなくなります。そのしわ寄せは、すべて自分たちの賃金カットや、地域産業の衰退という形で跳ね返ってくるのです。
かつて、技術水準が世界全体でまだ低かった時代には、日本の「安くて良いもの」は圧倒的な武器となり、世界市場を席巻しました。しかし、新興国の技術が底上げされ、世界全体の給料が上がっていく中で、日本だけが「身を削る安売りマインド」から脱却できず、完全に一人負けの状況に取り残されてしまいました。また、日本には古くから「サービスやアフターフォローはタダ(無料)であたりまえ」という慣習がありますが、これも付加価値に正当な対価を払わない国民性の表れです。
この閉塞感を打破するためには、日本の製造業に携わるすべての人々、特に地方の産地企業が「自分たちの技術は世界一だ」という誇りを取り戻すしかありません。利益を生み出せるチャンスがあるならば、価格を徹底的に引き上げる。そして、得られた利益をそのまま従業員の給料として還元する。この好循環を国全体で起こしていかなければ、国力の低下は止まりません。時流のデフレ心理に迎合するのを今すぐやめ、誇り高き「日本的経営」の原点に立ち返り、世界に対して堂々と高い価値を訴求していくべき時が来ているのです。


