「経営」の視点で伝統組織を進化させる。東京国立博...
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「従業員が主役」。菓子卸を極め、小売業の真のパートナーを目指す山星屋・猪社長が語る「菓子プライド」
ビジョナリー編集部 2026/07/31
1909年に創業し、全国の小売業に多様なお菓子を届ける菓子卸の雄、山星屋。 丸紅グループの一角として変革を続ける同社を率いるのが、数々の企業で経営に携わってきた猪忠孝社長だ。就任以来、「従業員が主役の経営」を強く打ち出し、約800名超の社員との直接対話や、社員自らが手を挙げて中期経営計画をつくる「みん中(ちゅう)」など、当事者意識を引き出す組織づくりに邁進している。お菓子を「人生のパートナー」と定義し、自らの仕事に誇りを持つ「菓子プライド」を掲げる猪社長に、人間産業と言われる菓子業界において菓子卸の果たすべき役割と、未来への展望を伺った。
利益を生み出すのは従業員。「従業員が主役」を貫く経営哲学
数々の組織を率いてこられた中で、経営において絶対に譲れない軸や思いについて教えてください。
私が当社に来てから継続して伝えているのは、従業員が主役の経営 だということです。我々のような卸売業において、利益や価値を生み出し、サービスを提供しているのは従業員に他なりません。従業員満足度が低い会社が良いサービスを提供できるはずがないと考え、従業員が主役、従業員が主体の経営を標榜しています。
通常の上場企業は株主や取引先を優先しがちですが、経営の優先順位のトップに従業員を置きました。従業員がしっかりとしたサービスを提供すれば利益が生まれ、人気が出て、最終的には株主への貢献にもつながるという信念です。
この思いを体現するため、従業員と直接話し合う懇親会を続けています。8人ほどのグループで、今いる約800名の従業員を対象に3年かけて回っています。直接話すことで、日頃の考えや不満を吸い上げ、すぐ解決できることはその場で指示を出します。「会社は変えれるんだ」と実感してもらうことには大きな価値がある からです。一つの事業をチームでカバーする卸の業態では、一人ひとりが生き生きと働いてこそ会社全体が強くなると確信しています。
作る人が実行する。当事者意識を育む「みんなの中期経営計画」
丸紅のグループに入ってから組織の文化はどのように変わってきたのでしょうか。また、中期経営計画の策定でも新しい取り組みをされていると伺いました。
当社は丸紅の資本が入って約30年が経ちます。当初は従来の文化と丸紅の文化がぶつかり合うこともありましたが、予算制度や与信管理、責任分担が明確化されるなど、組織としての仕組みがしっかりと構築されてきました。私自身もその延長線上で経営を行っています。
そうした土台の上で、より社員のベクトルを合わせるために始めたのが、公募制による中期経営計画の策定 です。特定の担当者だけでなく、関わりたい人を募り、前回は約150名が集まりました。略して「みん中(みんなの中計)」と呼んでいます。
私が計画を作り、社員がただ実行するだけでは、どうしても気持ちが入りません。 「作る人が実行するのがベスト」 なのです。営業、商品開発、物流など、各分野に興味と「変えていきたい」という強い思いを持つ人が集まることで、素晴らしいアイデアが生まれます。
また、会社の機関決定をする執行役員会議には、オブザーバーとして部長を順次参加させています。会社がどのような根拠やベクトルで重要な決断をしているかを聞かせることで、経営リテラシーを高めてもらう狙いです。さまざまな形で一人ひとりの思いを大きな輪にし、 当事者意識を持たせることが、会社の進化には不可欠だと考えています。
「夢とやすらぎ」から「笑顔」と「ときめき」へ。パーパスに込めた思い
新パーパスを制定されましたが、従来の表現から変更された背景や、そこに込められた思いをお聞かせください。
以前は「夢とやすらぎ」というコンセプトを掲げていました。しかし、「夢」という言葉 は、目標やビジョンと捉える人もいれば、華やかな夢物語をイメージする人もいて、社員一人ひとりによって解釈がバラバラだったのです。お客様に伝える前に、まず社内のイメージ が統一されていないことに課題を感じていました。
また、前回の中計はコロナ禍の真っ最中に作られたこともあり、少し保守的でネガティブな側面がありました。しかし、直近の3年間で菓子マーケットも伸びており、お菓子の役割はもっと積極的でポジティブなものであるべきだと考えました。
そこでたどり着いたのが「笑顔」と「ときめき」です。「笑顔」は、美味しい、楽しい、ハッピーといった感情を包括する統一のイメージ です。「やすらぎ」から一歩踏み込み、お菓子をもらって、食べて、ときめいてほしい。苦虫を噛み潰しながらお菓子を食べる人は いませんよね。お菓子がもたらすポジティブなイメージを明確にし、社内のベクトルを合わせるために、より力強い言葉へと刷新しました。
自己肯定から生まれる 「菓子プライド」。 お菓子は人生のパートナー
「菓子プライド」という言葉を掲げられていますが、お菓子が社会や人々の心に果たす 究極の役割について、社長はどのようにお考えですか。
「菓子プライド」の最大の狙いは、 自己肯定感の醸成 です。実は、食品業界の中で菓子卸は下に見られがちで、社員が自分たちの仕事に強い誇りを持つ機会が少なかったのではないかと感じていました。しかしデータを見ると、店舗の損益を改善するには、菓子販売比率の高い小売業ほど利益が出ているのです。お菓子は世の中に絶対に必要なものであり、小売業の経営にも非常に重要なのだということを、積極的に訴えかけています。
菓子の特徴は、日本の産業界でも稀有なほどの多様性にあります。大手企業から地域の銘菓や町の工場まで何千社ものメーカーが存在し、即食性と保存性を兼ね備え、人が集まる場所ならどこでも売れます。核家族化や嗜好の多様化が進む現代においても、これだけ幅広いニーズに応えられる商品は他にありません。
お菓子の究極の役割とは、 「生活者の人生のパートナー」 になることだと思っています。さまざまな生活シーンや人生のイベントに寄り添い、笑顔をもたらす。私たちの経営会議でもお菓子を許可しているのですが、お菓子を食べることで場が和み、笑顔の循環が生まれます。それこそがお菓子の持つ力であり、私たちが心から誇るべき「菓子プライド」なのです。
菓子産業は「人間産業」。菓子卸を極め、小売業の真のパートナーへ
単なる卸にとどまらず、時代の潮流に合わせてお菓子や貴社の存在をどのように進化させていきたいとお考えですか。後世への思いも含めて教えてください。
私は、「菓子卸」という軸を一切ぶらさず、これを徹底的に極めたい と考えています。他の事業に飛びつくのではなく、今の自分たちの強みをより活かすことが成功への近道です。かつて就職情報誌というニッチな領域を極めて巨大企業になったリクルートのように、我々も菓子卸でしか生きていけないからこそ、それを極めることで圧倒的な存在になれると信じています。将来的には、単なる取引関係を超え、小売業様と一緒に走っていく「真のパートナー」になることが目標です。
お菓子は生活者一人ひとりに寄り添う商品であり、製造から流通まで非常に多くの人が関わっています。その意味で、菓子産業は食品産業というよりも「人間産業」 なのです。
コロナ禍の際には、我々が納品しなければ日本の食生活が成り立たなくなるという危機感を抱きながら業務にあたりました。その経験を通じて、我々はライフラインを担うエッセンシャルワーカーであると再認識しました。これから入ってくる若い世代や、何十年後の後輩たちにも、「お菓子は人生をかけて向き合うに値する、心から誇れる仕事だ」と伝えていきたい。そして、この菓子卸という商売をさらに進化させ、大きく発展させていってほしいと強く願っています。


