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下請法から取適法へ──2026年施行、新しい企業間取引ルールを現場目線で解説
ビジョナリー編集部 2025/12/25
「下請法が変わるらしい――でも、私たちの仕事にどんな影響があるのだろう?」
経営者、法務担当、現場のバイヤーや営業パーソン──多くの人が、そんな疑問を抱いているのではないでしょうか。特に近年、原材料や人件費の高騰、サプライチェーンの分断といった環境変化のなかで「価格転嫁」や「取引の適正化」は、経営の根本課題です。
2026年1月に「下請法」が改正され、「中小受託取引適正化法」、通称「取適法」として新たな一歩を踏み出します。
この法律は、単なる名称変更ではありません。企業間取引のルールが大きく変わり、中小企業の利益保護と公正な商慣行の確立に向けて、ビジネスの現場そのものを塗り替えるインパクトを持っています。
本稿では、取適法施行の背景、ポイント、企業が今から準備すべきことまで、実際の現場目線でわかりやすく解説します。
下請法から取適法へ
まず、なぜこのタイミングで法律が変わるのでしょうか。
きっかけは、ここ数年の“値上げ圧力”と“価格転嫁の壁”です。原材料やエネルギー、人件費の上昇――これに悩まされている中小企業は多いはずです。しかし、発注側の企業が価格交渉に応じてくれず、受注側がコスト増を泣き寝入りしている現実がありました。
実際、「価格を上げたいが言い出せない」「値上げ交渉に応じてくれない」「一方的に支払条件が悪化した」――そんな声が、全国各地の中小企業から寄せられていました。政府が進めてきた「構造的な価格転嫁」の推進策も、従来の下請法だけでは不十分だったのです。
この状況にメスを入れるべく、実態に即した“新しい商慣行”への転換を目指し、「取適法」が生まれました。
今回の法改正の本質は、「中小企業の立場を守り、サプライチェーン全体で公正な取引を実現する」こと。時代に合わない“上下関係”を前提とした「下請」という言葉自体が廃止され、法律名も「下請代金支払遅延等防止法」から「中小受託取引適正化法」へと完全リニューアルされます。
どこが変わる?取適法の3つの大きなポイント
今回の法改正で特に注目すべきは、以下の3点です。
1. 適用範囲の大幅拡大
従来の下請法では、適用対象となる取引や事業者が「資本金の額」で決められていました。しかし、資本金の額は意図的に操作できてしまうため、実質的に大規模な企業でも基準をすり抜けるケースが少なくありませんでした。
そこで取適法では、「従業員数基準」が新たに追加されます。たとえば、常時使用する従業員が300人(製造委託等の場合)または100人(役務提供委託等の場合)を超えるかどうかも、適用の判断基準となります。
このため、これまで規制の対象外だった多くの取引や企業が、新たに取適法の網にかかることになります。
さらに、取引の範囲自体も拡大されました。従来は「製造委託」「修理委託」「情報成果物作成委託」「役務提供委託」の4類型に限定されていましたが、新たに「特定運送委託」や「木型・治具などの製造委託」が追加されました。
たとえば、物流業界で問題視されていた“荷役の無償対応”や“荷待ち時間の不当な押しつけ”といった課題にも、法のメスが入ります。
2. 価格交渉のルールが変わる
原材料や人件費が上がっても、「発注側が受注側の値上げ交渉を無視して価格を据え置く」――こうした旧来の商慣行は、中小企業にとって大きなハンデとなっていました。
取適法の最大の特徴は、「協議をせずに一方的に価格を決めること」が明確に禁止される点です。
たとえば、中小受託事業者が価格交渉を求めたのに、委託事業者(発注者)がこれを無視したり、十分な説明をしないまま現状維持を押し付けたりすることは、法律違反に該当する行為とされています。
つまり、今後は「価格交渉の申し出があった時点で、必ず協議の場を設け、納得できる説明責任を果たす」ことが、すべての委託事業者に義務付けられるのです。
これは、受注側が値上げを求めやすくなり、発注側も“誠実な説明と協議”が不可欠となる、大きなパラダイムシフトと言えるでしょう。
3. 支払い方法の厳格化と行政対応の強化
これまでは「手形払い」も広く認められていましたが、手形のサイト(決済期間)が長いため、中小企業の資金繰りを圧迫していました。
取適法では、「手形払いの原則禁止」に踏み込むとともに、「振込手数料を受注側負担にすること」も違法となります。
また、公正取引委員会や中小企業庁だけでなく、各業界の所管省庁にも指導・助言の権限が与えられ、違反行為への対応体制が大幅に強化されます。
「報復禁止」――すなわち、受注側が違反を通報したことを理由に取引停止などの不利益措置を取ることも、新たな禁止行為として取り締まりが強化されます。
新しいルールの下で企業が守るべきこと
取適法ではすべての委託事業者が「4つの義務」と「11の禁止行為」を守らなければなりません。
現場で必ず守るべき4つの義務
まず、委託事業者には以下の4つの義務が課されます。
- 発注内容の明示義務
発注内容(給付の内容、代金額、支払期日、支払方法など)を、書面または電子メールなどで明確に伝える必要があります。受注側の承諾がなくても、電子メール等での明示が認められます。 - 取引記録の作成・保存義務
取引が終わった後も、その内容を2年間保存することが求められます。万一のトラブル時、適切な証拠となります。 - 支払期日の設定義務
受注した物品やサービスを受領した日から60日以内のできる限り短い期間内に、支払期日を設定しなければなりません。 - 遅延利息の支払い義務
支払期日までに代金を支払わなかった場合、年率14.6%の遅延利息が課されます。正当な理由なく支払いを減額した場合も、減額分に利息を上乗せして支払う必要があります。
やってはいけない“11の禁止行為”
さらに、委託事業者が絶対にしてはならない行為も明確化されました。
- 発注した物品や成果物の受領を拒否する行為。発注の取消しや納期の延長などを理由に納品物を受け取らない場合も含まれます。
- 発注した物品等の受領日から60日以内で定められた支払期日までに代金を支払わない行為。また、「手形の交付」や「電子記録債権や一括決済方式のうち、中小受託事業者が支払期日までに代金相当額の金銭と引き換え困難なもの」も禁止されています。
- 発注時に決定した代金を発注後に減額する行為。協賛金の徴収や原材料価格の下落など、名目や方法、金額にかかわらず、あらゆる減額行為が禁止されています。また、中小受託事業者との合意の有無にかかわらず、委託事業者が製造委託等代金を中小受託事業者の銀行口座へ振り込む際の手数料を中小受託事業者に負担させ、製造委託等代金から差し引いて支払うことも減額に該当いたします。
- 発注した物品等を受領後に返品する行為。ただし、不良品などの場合は受領後6か月以内であれば返品が可能です。
- 発注する物品・役務等に通常支払われる対価(同種又は類似品等の市価)に比べて著しく低い代金を不当に設定する行為。
- 委託事業者が指定する製品、原材料等の購入や保険、リース等の利用を強制し、その対価を負担させる行為。
- 中小受託事業者が、委託事業者の違反行為を公正取引委員会、中小企業庁または事業所管省庁に通報したことを理由に、取引停止や数量の削減などの不利益な取り扱いを行う行為。なお、新たに事業所管省庁への通報も可能です。
- 委託事業者が有償で支給する原材料等を用いて中小受託事業者が物品の製造等を行っている場合に、製造した物品代金の支払日よりも早く、原材料等の代金を支払わせる行為。
- 委託事業者の利益のために、中小受託事業者に協賛金や従業員派遣の要請などの金銭や役務、その他の経済上の利益を不当に提供させる行為。
- 発注の取消しや変更、物品等の受領後のやり直しや追加作業などを行わせる場合に、委託事業者がその費用を負担しない行為。
- 中小受託事業者から価格協議の求めがあったにもかかわらず、協議に応じなかったり、必要な説明を行わなかったりして、一方的に代金を決定する行為。
取適法施行で、企業経営・現場はどう変わる?
1. すべての企業が“適用範囲”を再点検する必要がある
法改正で適用範囲が大幅に広がるため、これまで“対象外”だった企業も新たに規制の対象となる可能性があります。
たとえば、資本金は小さいが従業員数の多いメーカーや、対象となる新しい取引類型を持つ物流会社などが該当します。
実際、ある製造業の事例では「資本金を減らしていたため下請法適用外だったが、従業員数が基準を超えてしまい、法改正後は取適法の義務をすべて負うことになった」というケースもあります。
まずは、自社の取引や規模、関係会社の状況をしっかり“棚卸し”しましょう。
2. 価格交渉・契約管理のプロセスが変わる
価格交渉を「現場まかせ」にしていると、気づかぬうちに法律違反となるリスクが高まります。
たとえば、受注側から値上げ交渉を受けた際、担当者が「うちは無理です」とメール1本で断ってしまう――これだけでも、取適法違反と判断される可能性があります。違反です。
ある中堅メーカーでは、法改正に備えて「価格交渉対応フロー」を新設。交渉の記録や説明資料の保存、社内での承認プロセスをマニュアル化しました。
また、定期的な研修やセミナーを実施し、現場担当者の法令理解度を底上げしています。
3. 手形決済中心の企業は資金繰りを見直す必要がある
長年「手形払いが当たり前」だった業界にとって、今回の改正は大きな転換点です。
とある部品メーカーでは、手形サイト120日を前提に資金計画を立てていたため、現金払いへの移行とともに新たな資金調達手段を検討。キャッシュフロー改善のため、金融機関との協議や、支払いサイトの調整を進めています。
トラブルや疑問があったら――相談窓口も強化
もし「この取引、取適法違反では?」と感じたら、まずは公正取引委員会や中小企業庁、または各業界を所管する省庁の相談窓口を活用できます。
相談者の秘密は厳守されるため、安心して問い合わせることができます。
一方で、委託事業者側も「どこまでが違反なのか」「契約書はどう直せばいいのか」といった疑問があれば、弁護士や専門家への相談を早めに検討することをおすすめします。
まとめ
今回の法改正は、単なる法律の変更にとどまりません。
「中小企業の利益を守る」「公正な商慣行をつくる」――この根本的な価値観の転換は、ビジネスの現場を大きく変えていきます。
今後は、誠実な取引姿勢と透明なコミュニケーションが、企業ブランドの信頼につながる時代です。
現場の一人ひとりが、正しい知識で「取適法」時代を勝ち抜く力を身につければ、サプライチェーン全体が健全に成長し、企業の競争力も確実に高まるはずです。


