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2025

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    世界的霊長類学者と芥川賞作家が語る、AI時代に「本当に必要な人間の価値」とは

    世界的霊長類学者と芥川賞作家が語る、AI時代に「本当に必要な人間の価値」とは

    ゴリラ学者・山極壽一と小説家・小川洋子が見出した、AI時代に「物語」が必要な理由

    AIが急速に進化する現代、人間ならではの価値とは一体どこにあるのか。10月9日(木)、その根源的な問いに迫る特別講演会が早稲田大学大隈講堂で開催された。

    登壇したのは、世界的霊長類学者であり京都大学前総長の山極壽一氏(総合地球環境学研究所所長)と、小説家の小川洋子氏。早稲田大学国際文学館(村上春樹ライブラリー)が主催する本イベントは、6月の山中伸弥氏の講演に続く「科学と文学」をテーマにした企画の第2弾だという。村上春樹氏と親交が深い山極氏が「サイエンスとフィクションの間―ゴリラ学者がフィールドワークから考える」と題し、講演と対談に臨んだ。科学と文学、それぞれの第一人者が交わした言葉から、現代を生きる我々へのヒントを探る。

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    AIにはない「身体」、フィクションの中に生きる現代人

    まず山極氏が語り始めたのは、人間とAIの決定的な違いについてだ。

    「人間の言葉というのは、まず人間の身体に設置されているものです。我々は俯瞰的にマルチモーダルにそれを推論し、体系化し、再び身体に設置して行為や言葉として表現してきました。しかしAIは情報だけで機能し、経験を持たないため、とんでもない論理がまかり通ってしまうことがあります」と指摘する。

    そして、現代社会そのものが「フィクション」の側面を強めているという。山極氏はカーナビを例に挙げ、「我々は科学技術によって便利な世界、いわばフィクションの世界で生きようとしている」と語る。カーナビが示す地図は現実を便利に加工した情報であり、現実そのものではない。こうした時代においては、「命と命のつながりを考えること」「形なきものの形を見、声なきものの声を聞くという情緒」が重要だと強調した。

    では、どうすればそれを育むことができるのか。山極氏は、科学的知識だけでは不十分で、「物語」による共感や共振が不可欠だと説く。「我々が見ている風景は自然であり文化でもある。文化とは心身の価値観であり、それを共有するには物語による共感が必要です。科学はその共感や共振を簡単にもたらしてくれません。だからこそ、村上春樹さんや小川洋子さんのような作家が作り出すフィクションは特別なのです。科学的に正しいわけではないけれど、響き合う力を持っている」と、文学の持つ力に言及した。

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    動物に試される喜び――霊長類学者と小説家の共通点

    講演後に行われた小川洋子氏との対談では、科学と文学の接点がさらに深く掘り下げられた。

    小川氏は、自身の創作における興味深いルールを明かした。「私の小説では、動物には名前を付けますが、人間には付けないのです」という。その理由は、物語の中で読者に余計な情報を与えないためだそうだ。

    これに対し、山極氏も「作者が名前を付けることは作者自身の存在がそこに現れる」と応じた。さらに、ゴリラとのフィールドワークの経験から、「動物園の動物とは違い、こちらがコントロールできるわけではなく、むしろ相手が向こう側から試してくる」と語り、予測不可能な野生動物との接触が、日々新たな学びをもたらすことを強調する。この言葉に、小川氏も「動物に試されることを、屈辱的ではなく、喜びとして受け止める体験が作家にも研究者にも必要」と深く同意した。

    話は人間の「猿真似」という能力にも及んだ。山極氏によると、「猿真似とは、目的も分からずに行動を真似することであり、悪い意味で使われますが、実は人間だけが持つ能力なのです。これにより、一斉に様々なことを行動でき、学習が促進されます」という。小川氏も「真似することは絶対的な基盤であり、人の振り見て我が振り直す」と応じ、文学が読者に未経験の世界を体験させ、心を動かす力を持つことを再確認した。

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    対談の終盤では、講演会のタイトル「サイエンスとフィクションの間」に立ち返り、フィクションが持つ「時間性」が話題に上がった。

    山極氏は、「サイエンスは何度も繰り返し証明できることが前提ですが、我々が生きる世界は一過性です。フィクションは繰り返しが可能で、リアルな世界の一期一会性を失わせる部分もあります」と、その危うさを指摘する。一方で、小川氏はフィクションならではの価値を語った。「本は一度読んで終わりではなく、十年後、二十年後に読むと新たな発見や喜びがある」という。読書体験は、時間とともに深まり、変化していくというのだ。

    物語がもたらす共感

    講演と対談を通じて浮かび上がったのは、科学とフィクションは対立するものではなく、むしろ現代において深く結びついているという事実だ。山極氏が語ったフィールドワークの身体的経験や、小川氏が紡ぎ出す物語の世界。その両者に共通するのは、単なる情報処理では得られない深い知見や、人間の感情を揺さぶり思考を拡張する「共感」の力である。AI時代だからこそ、科学では捉えきれない心の響き合いを生み出す「物語」の重要性が、ますます高まっていくのかもしれない。

    早稲田大学国際文学館(村上春樹ライブラリ―)について

    小説家の村上春樹氏(第一文学部卒)より寄託・寄贈された資料やレコードなどを収蔵する本施設は、「物語を拓こう、心を語ろう」をコンセプトに掲げ、村上春樹文学・国際文学・翻訳文学を研究する世界的な拠点となることを目指し2021年10月に開館。閲覧可能な約3000冊が備えられたギャラリーラウンジや階段本棚のほか、ラボやカフェなど、学生のみならず一般の方も利用できます。

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    #山極壽一#小川洋子#AI#人工知能#科学と文学#物語#人間とは#共感#教養#ゴリラ#読書

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