「見えないものを見る」探求心で世界の海を制す。古...
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「睡眠の先」にある予防医療の実現へ。創業460年の老舗・西川株式会社のトップが語る、WTC爆破テロの原体験と「三方良し」の変革
ビジョナリー編集部 2026/05/22
室町時代から460年という悠久の歴史を持つ寝具メーカー、西川株式会社(以下、nishikawa)。長きにわたり人々の眠りを支えてきた老舗企業は今、単なる寝具の製造販売にとどまらず、最新テクノロジーを駆使した「睡眠科学」によって社会課題の解決に挑んでいる。その変革を力強く牽引しているのが、当時38歳という若さで社長に就任した西川八一行(にしかわ・やすゆき)氏だ。銀行員時代のニューヨークで遭遇した爆破テロ事件という壮絶な原体験によって培われた多角的な視点。そして近江商人の「三方良し」の精神を受け継ぎ、次なる500年を見据えて描く「Beyond Sleep(睡眠のその先)」の構想まで、歴史と未来をつなぐ経営哲学を紐解く。
WTC爆破テロと震災。2つの死生観が交差して生まれた「今日を生きる」覚悟
非常に特殊なキャリアを歩まれていますが、今の経営観や価値観を作った原体験について教えていただけますか。
子どもの頃、祖母ががんで苦しんで亡くなったのを見て、医学に興味を持ちました。「病気で苦しむ人を助けたい」と医療の道を志した時期もありましたが、環境的に難しく、最終的には銀行に就職しました。当時は、いずれ来るエネルギー問題を見据えて、風力発電などの大規模なインフラを支えるパブリック・ファイナンスで世界や日本に貢献したいという夢を持っていたんです。
念願叶って赤坂支店勤務の後、ニューヨークへ赴任し、ワールド・トレード・センターの96階で最先端の金融業務に携わっていました。入社3年目にして夢が叶い、ある種の自信と野心に満ちあふれていた時期でしたね。
しかし、1993年に起きた ワールド・トレード・センタービル地下駐車場爆破テロ で、状況は一変しました。真っ暗闇の非常階段に数時間閉じ込められ、「上から将棋倒しになれば死ぬ」「下へ行けば火災で死ぬ」という、まさに死と隣り合わせの極限状態を3時間以上にわたり経験したのです。なんとか脱出できたものの、 「自分は何も悪くなくても、明日の命は保証されない」 という事実を痛感しました。同時に、金融の仕事は素晴らしいけれど、もし自分が今日死んだら、何も目に見えるものが残らないという虚無感も覚えたのです。
帰国後、現在の妻と出会いました。彼女は阪神・淡路大震災の被災者で、生き死にを感じた者同士という不思議な縁で意気投合し、結婚に至りました。これをきっかけに、nishikawaへ入社することになったのです。
テロの経験を通して、私の中には 「今日できることは今日やっておかなければいけない」「1日を無駄にしたくない」 という強い思いが刻まれました。そして、自分の頭の中に、常に 「自分自身のこれからすべきことを思う時の目」と「今日が最後の日と思う時の目」 という複数のカメラ(視点)を持つようになったのです。
秀吉の時代から続く460年。近江商人の「三方良し」と変革のDNA
38歳の若さで社長に就任し、ご自身よりも年上の社員を率いる中で、大切にされてきた価値観とはどのようなものでしょうか。
nishikawaは今年で創業460周年を迎えました。当社の歴史は、豊臣秀次が近江八幡に築いた城の城下町から始まります。しかし、秀次が切腹させられ城が取り壊されると、城下町の人々は食えなくなり、他の地へ行商に出るしかありませんでした。
その迫害されたような背景から生まれたのが、知らない土地で自分や商品を信用してもらい、商売を成り立たせる。「売り手よし、買い手よし、世間よし」という「三方良し」の精神 です。自分だけが得をするのではなく、皆にとって良い形を持続させることが最も長く続く商売の秘訣なのです。
460年続く企業というと、伝統を固く守り抜くイメージを持たれるかもしれませんが、例えば、当社が当初扱っていた蚊帳は、今はほとんど販売していません。つまり、商品やサービスは時代とともに全く違うものに変わっている のです。しかし、安眠できる空間を創り、感染症を防ぐことで健康的なQOLを高めるということは、今も引き継いでいます。
経営において一番難しく、そして大切なのは、「動かしてはいけない理念や考え方のコア(真)」と「社会の変化に応じて柔軟に変えていくべき商品やサービス」を峻別すること です。短期的な売上を求めて安売りをするのではなく、中長期的に世の中のためになることを優先する。その判断基準として、nishikawaの歴史から学び、常に変わり続ける生活者の方々のニーズを捉え、チャレンジ精神をハイブリッドさせていくことが重要だと考えています。
売上の柱だったライセンス事業からの撤退。自社ブランド[エアー]誕生の裏側
経営者として日々判断を迫られる中で、これまでで最も大きな決断だったと思われる出来事を教えてください。
約15年前、当時売上の大きな柱であった ビッグブランドのライセンス事業から撤退し、自社ブランドを立ち上げる と決断したことです。
当時は、有名ブランドの名前を冠した寝具を販売しており、売上は好調でした。しかし、それは自分たちの力で売っているわけではありません。他社のブランド力に頼り切っていると、開発意欲も売る努力も失われ、どんどん足腰が弱くなっていきます。さらに、契約が切れた瞬間にビジネスが立ち行かなくなるという、非常に恐ろしいリスクを孕んでいました。これは、私が金融時代に見てきた「高い格付けを借りてビジネスをする」危うさと同じ匂いがしたのです。
もちろん、社内からは「今これで売上を作っているのに、現場が分かっていない」と猛反発を受けました。それでも、私たちが本当に持つ強みは、40年にわたって蓄積してきた個々人で異なる睡眠科学の研究や、素材の品質へのこだわり です。それらを捨ててコストを合わせるだけのライセンス事業を続ければ、数年先には必ず行き詰まる。そう確信していました。
恐怖はありましたが、自社、顧客、社会という複数のカメラから見たときに、「誰にとってもハッピーではない」と判断したのです。そこから自立したブランドづくりへと舵を切り、現在の「[エアー](AiR)」というブランドを立ち上げました。商品を卸して終わりではなく、自らお客様に説明し、笑顔になって買ってもらうという原点、いわゆる企画から販売までを一気通貫で行うSPA(製造小売業)的なモデルへの転換点でもありました。
超デジタルと超アナログの融合。睡眠の「見える化」がもたらす健康経営
昨今は睡眠の質への関心が高まっています。ヘルスケア領域における今後の戦略についてお聞かせください。
まずは、「睡眠は無駄な時間ではなく、非常に意味のある時間だ」 という情報を発信し、市場そのものを大きくしていくことが前提です。大学や医療機関と連携し、睡眠不足が引き起こす問題についてファクトを集める研究を長年続けてきました。
その上で、お一人お一人の悩みに寄り添うためには、個人の睡眠状態を「見える化」する必要があります。そこで、専用のアプリや精度の高いセンサーを開発しました。これまで不確かであった睡眠状態をデータ化する 「超デジタル」の技術と、一人ひとりの体に合った寝具を体験していただき、お悩みを伺う「超アナログ」 な接客。この両輪を組み合わせることが、これからの戦略の核となります。
さらに、私たちのソルーションは寝具の提供だけにとどまりません。睡眠の質を上げるためには、日中の行動も重要です。例えば、オフィスに人間の体内時計に合わせた照明システムを導入したり、最も効率的なお昼寝の仕組みを推奨したりと、起きて活動している時間の環境改善にも踏み込んでいます。
今、多くの企業が健康経営に注力していますが、睡眠のサポートは社員のパフォーマンス向上だけでなく、企業からの社員を大切にしつつパフォーマンスを出してほしいというニーズからも、非常に受け入れられやすいと実感しています。
「人間天気予報」で未来を予測。睡眠の先にある予防医療という幼き日の夢
創業460周年から500年に向けて、これからより力を入れていきたいことや、会長ご自身の夢をお聞かせください。
これからの時代を見据え、私たちが構想しているのが 「Beyond Sleep(眠りのその先)」 という考え方です。
マットレスに仕込んだセンサーで日々の睡眠データを解析すると、交感神経と副交感神経のバランスなど、その人の心身の状態が手に取るように分かります。さらにデータを蓄積すれば、「2日後には気分が落ち込むかもしれない」といった 「人間天気予報」 が可能になります。
その予測に基づいて、「今日はこの食事をした方がいい」「この音楽を聴いた方がいい」「このメイクと服を合わせるといい」と、AIがさりげなく最適な行動を提案してくれる。他業種や自治体とも連携し、デパートやスーパーで最適な食材をプロモーションしたり、自治体が地域住民の健康リスクを早期に把握したりする仕組みづくりを進めています。
実は、睡眠不足を繰り返すと、脳にアミロイドベータというゴミが溜まり、将来的にアルツハイマー型認知症のリスクが高まることが分かっています。深く良い睡眠は、このゴミを洗い流す役割を果たしているのです。
私たちが社会全体に良い睡眠を広めることは、将来の莫大な医療費や社会保障費を抑制することに直結します。幼い頃に抱いた「病気の人を助けたい」という医療の道への夢が、寝具や睡眠科学を通じた「予防医療」 という形で、今まさに実現しようとしているのです。
永遠に生きるように学べ、今日が最後の日であるかのように行動しろ
最後に、これからの社会を担う若い世代のビジネスパーソンへメッセージをお願いします。
私が大切にしている、ガンジーもおっしゃったとされる名言があります。
「永遠に生きるように学べ、そして今日が最後の日であるかのように行動しろ」
私自身のテロに遭遇した経験から来る思いとも重なる言葉です。「今日死んでしまうかもしれない」と思えば学ぶ気を失いそうですが、一方で「永遠に生きるかもしれない」からこそ学び続ける必要がある。しかし、行動は「今日が最後」だと思って今すぐ起こさなければならない。
この一見矛盾するような姿勢こそが、非常に重要だと思っています。当社の460年という歴史も、ただ伝統にすがるのではなく、そこから永遠に続くかのように学び、同時に、今日を変革し続けてきたからこそ今があるのです。
若い皆さんにも、大きな思いを胸に歴史から学びつつ、今日という日を全力で行動し、変革を起こしていってほしいと願っています。


