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2025

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    世界を席巻した日本半導体、その栄光と苦難の軌跡

    世界を席巻した日本半導体、その栄光と苦難の軌跡

    今やスマートフォンや自動車、家電製品など、私たちの生活に欠かせない存在となった半導体。その礎を築いたのは、間違いなく日本でした。

    本記事では、日本の半導体産業の栄光と挫折、そして今後の可能性まで、具体的なエピソードや最新動向を交えながら解説します。

    世界を席巻した「日の丸半導体」──栄光の歴史

    まず、1980年代の日本を振り返ってみましょう。

    当時、日本の半導体メーカーは、世界市場の50%以上、DRAM(一時記憶用メモリ)に限ればなんと70%を超えるシェアを誇っていました。「ジャパン・アズ・ナンバーワン」と称され、世界のテクノロジー産業を牽引する存在だったのです。

    なぜ日本はそこまで強かったのか?

    • 国家プロジェクトで技術力を底上げ
      1970年代後半、政府主導の「超LSI技術研究組合」によって、VLSI(超大規模集積回路)の技術開発が進められました。官民一体となったこの挑戦は、電子ビーム描画装置や縮小投影露光装置(ステッパー)の量産化に成功し、世界最先端の生産技術を確立します。
    • 徹底した品質管理と現場力
      クリーンルームでの製造やQCサークル活動、ZD(ゼロディフェクト)運動など、細部にこだわる日本人らしい改善活動が、世界トップレベルの“歩留まり”を実現しました。NEC熊本工場では、発塵源の徹底調査を女性技術者が主導するなど、現場の努力が品質を支えていたのです。
    • マーケットと技術の好循環
      電卓や通信機器、コンピュータ向けの需要拡大と技術革新がうまく噛み合い、日本製半導体は「高性能・高信頼性」として世界中で採用されるようになりました。

    なぜ“世界一”から転落したのか?──5つの転機

    しかし、1990年代に入ると、状況は一変します。日本の半導体産業のシェアは、坂を転げ落ちるように低下し、2020年にはわずか6%にまで縮小しました。いったい何が起きたのでしょうか?

    1. 日米半導体協定──不平等なルールの強制

    1986年、日米貿易摩擦が激化する中、「日米半導体協定」が締結されます。その中身は、日本市場における外国製半導体のシェアを20%以上に引き上げるという“購買義務”。さらに、DRAMの価格を米国政府が決めるという前代未聞の取り決めもありました。

    こうした外圧は、日本企業の自由な価格設定や投資判断を大きく制約し、現場では毎日のようにコストデータの提出を強いられるなど、本来の開発・生産活動に影響が出ることとなりました。

    2. ビジネスモデルの変化についていけない

    世界の潮流は「水平分業」へと加速していきます。設計に特化したファブレス企業と、製造に特化したファウンドリ企業が台頭し、韓国・台湾・中国の新興勢力が急成長しました。

    一方で、日本企業は従来の垂直統合型(IDM)モデルに固執。新たな分業化の波に乗り遅れてしまいました。結果として、デファクトスタンダードとなる製品や独自の強みを築けず、世界の主役から一歩後退することになります。

    3. 投資判断の遅れと体質的な問題

    日本の半導体部門は、多くが総合電機メーカーの一部門という位置付けでした。経営トップが半導体ビジネスに精通しておらず、利益が出ているときほど投資を控え、不況時にも大胆な決断ができない——そんな体質が、逆張り戦略を取れなかった大きな要因です。

    さらに、世界ではサムスンやTSMCなどが巨額投資を続ける一方、日本は“品質重視”や“コスト削減”にとどまり、変化への対応が後手に回ってしまいました。

    4. 業界再編の遅れと弱者連合化

    業界再編も遅れました。例えばエルピーダメモリはNECと日立のDRAM部門の統合で誕生しましたが、東芝を加えた包括的な再編ができていれば、違った未来があったかもしれません。結局、エルピーダは2013年に米マイクロン・テクノロジーの傘下に入ることとなります。

    5. デファクト製品を生み出せなかった

    日本企業は、最先端のロジック半導体やSoCといった大量需要の“デファクト”製品を生み出せませんでした。自社独自の設計ツールやノウハウに固執し、グローバルで通用するエコシステムを築けなかったことが、大きな失速につながったのです。

    現在の日本半導体産業──世界で光る“装置・材料”の存在感

    ここまで読むと「日本の半導体はもうダメなのか?」と思う方もいるかもしれません。しかし、実は今も世界で圧倒的な地位を築いている分野があります。

    半導体製造装置──世界の3割を日本が担う

    半導体の製造には、数百にも及ぶ精密な工程が必要です。その各工程を支える装置分野で、日本企業は今なお世界トップクラスのシェアを誇っています。

    • 東京エレクトロン(コータ・デベロッパ、エッチング装置)
    • アドバンテスト(テスト装置)
    • SCREEN(洗浄装置)
    • KOKUSAI ELECTRIC(成膜装置)
       

    売上高ランキングでみても、TOP10に複数の日本企業が名を連ねています。その理由はどこにあるのでしょうか?

    世界最先端メーカーとの密接な連携

    装置メーカー自らが開発パートナーとなり、最先端の微細化技術を現場で学び、次世代技術をリードしてきました。そのため、海外売上比率は80%を超える企業も珍しくありません。

    独自性と職人技

    装置メーカーは、総合電機メーカーの“系列”にとどまらず、独立した経営体制を維持してきました。超純水や薬液、温度管理などアナログ要素を精密にコントロールする技術、地道な改善、現場の“匠の技”が、他国には真似できない強みとなっています。

    材料メーカーとの強固なサプライチェーン

    レジストやフォトマスク、シリコンウェハ、超純水といった材料分野でも、日本は圧倒的なシェア。例えば、フォトレジストは世界シェア9割を日本企業が占めています。

    “後工程”でも際立つ日本の存在感

    半導体製造の“後工程”でも、日本は世界的な競争力を維持しています。例えば、ディスコ(ダイサー)、TOWA(モールド装置)、住友ベークライト(モールド樹脂)など、特定分野で他国を圧倒する企業が数多く存在します。

    こうした強みを求めて、TSMCやサムスン電子といった海外の巨大メーカーが、日本国内に研究拠点や工場を設立し始めているのは、まさに“日本の現場力”への信頼の証です。

    未来への挑戦──復活のシナリオと残された課題

    「かつての栄光」を取り戻すことは容易ではありませんが、日本の半導体産業は確かに新たな一歩を踏み出し始めています。

    1. 官民一体の大型投資と人材育成

    政府が主導する「ラピダス」プロジェクトは、北海道千歳市に5兆円規模を投じて最先端2nmプロセスの量産を目指しています。TSMCの熊本工場誘致も官民一体プロジェクトの一環です。

    こうした動きに共通するのは、「日本単独ではなく、海外の技術や人材と連携しながら新しいエコシステムを構築する」という姿勢です。人材育成や中長期的な研究開発への投資が、今後のカギとなるでしょう。

    2. 新技術での“逆転”を狙う

    今後の半導体は、微細化の物理的限界を迎えつつあります。そこで注目されるのが「チップレット」や「3Dパッケージ」など、新しいパッケージ技術です。これにより、消費電力を抑えながら処理能力を大幅に高めることが可能となります。

    日本企業は、この“後工程”でも高い技術を持ち、今後は世界のトレンドを先取りする形で新たな市場を切り拓くチャンスが存在しています。

    3. 産業横断での活用拡大

    自動車や産業機器、工作機械といった分野で日本は依然として世界有数の競争力を持っています。これらの産業と半導体技術を融合させることで、新たな価値創出につながる可能性が広がっています。

    それでも残る課題──シェア維持のための条件

    ただし、楽観はできません。今後も日本が装置や材料分野で世界シェアを維持・拡大するには、以下のような課題を乗り越える必要があります。

    • 成長市場での遅れ
      EUV露光装置やエッチング装置など、成長著しい新市場では、オランダのASMLやアメリカのラムリサーチなどに後れをとっています。
    • 中国メーカーの急伸
      NAURAなど中国勢が国策で装置の国産化を進めており、今後は価格・技術の両面で日本企業への脅威となり得ます。
    • イノベーションとスピード
      過去の成功体験に安住せず、次世代技術への投資とスピード感ある意思決定が不可欠です。

    まとめ

    • 積み上げてきた技術と現場力
    • グローバル連携によるエコシステム構築
    • 新技術への挑戦と人材育成
       

    かつて、世界の半導体市場を席巻した日本。「失われた30年」を経て、今も装置・材料の分野で世界を支えていますが、再び“主役”の座を狙うには大きな変革が求められています。

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