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「止まるはず」の場所で、なぜ命が奪われたのか――過去のエレベーター事故が教える現実と、私たちにできる対策
ビジョナリー編集部 2025/12/28
「エレベーターで事故に遭うなんて、よほど特殊なケースだろう」
多くの人が、そう感じているのではないでしょうか。毎日、何百万人もの人が使い、ほとんど問題なく動いている――それがエレベーターという装置です。
しかし過去を振り返ると、“普通に乗り降りしようとしただけ”や、“普通に点検していただけ”の人が命を落とした事故が、確かに存在します。しかもそれらは、決して昔話ではありません。
本稿では、世間で大きな議論を呼んだ3つの事故を手がかりに、エレベーター事故がなぜ起きるのか、そして私たちが日常でできる現実的な対策は何かを考えます。
社会を揺るがした3つの事故
① 2006年 東京・港区マンション事故――扉が開いたまま、動くはずがないのに
2006年、東京都港区のマンションで、16歳の高校生がエレベーターから降りようとした瞬間、扉が開いた状態のままエレベーターが上昇し、 かごと建物の間に挟まれて死亡しました。エレベーターは本来、「扉が閉まっていなければ動かない」という設計思想で作られています。それが破られたこの事故は、 点検体制や安全装置の在り方をめぐり、社会に強い衝撃を与えました。この事故を契機に、 戸開走行防止装置(扉が開いたまま動かない仕組み)の重要性が広く認識され、 制度・基準の見直しへと繋がっていきます。
② 2025年 神戸・三宮 商業ビル事故――「扉が開いた=安全」という常識の崩壊
2025年、神戸市中心部の商業ビルで、 エレベーターの扉が開いた先にかごが存在しない状態となっており、 男性が昇降路内に転落し、死亡する事故が発生しました。利用者にとって、扉が開くことは「乗ってよい」という合図です。 しかしこの事故では、その前提そのものが崩れていました。設備トラブルや管理上の不備が重なり、「開くべきでない扉が開いた」状態が生まれていたのです。この事故は、 エレベーターの知識があるかどうかに関係なく、誰もが被害者になり得ることを示しました。
③ 2025年 東京・防衛省関連施設での転落事故――プロでも防げなかった「かごなし転落」
同じく2025年、東京・新宿区の防衛省関連施設で、点検・作業中の男性職員が かごのない昇降路内に転落し死亡する事故が起きました。この事故が象徴的なのは、 被害者が一般利用者ではなく、業務として設備に関わっていた人だった点です。厳格な手順や注意喚起があるはずの現場でも、一瞬の判断ミスや想定外の状況が重なれば、事故は起きてしまう。この事実は、「慣れ」や「経験」だけでは安全を担保できないことを物語っています。
事故に共通する構造――なぜ起きてしまうのか
3つの事故に共通しているのは、次の点です。
- 利用者は特別な行動をしていない
- 「いつも通り」に乗り降りしようとした
- 設備は一見、正常に見えていた
つまり、 事故は非日常ではなく、日常の延長で起きているのです。
エレベーターは多重の安全装置を備えた装置ですが、老朽化、点検不足、想定外の操作、人的ミスが重なると、その前提は簡単に崩れてしまいます。だからこそ、 制度や管理の問題だけでなく、 利用者一人ひとりの行動も重要な意味を持つのです。
私たちにできる現実的な対策
では、利用者として何ができるのでしょうか。過去の事故から導かれるポイントは、決して難しいものではありません。
● 完全に停止してから乗り降りする
エレベーターが完全に止まり、床の高さを目視で確認してから動く。これだけで、転倒や巻き込まれのリスクは大きく下がります。
● 扉が閉まりかけているときに無理をしない
「間に合いそう」という判断が、 最も危険な瞬間を生みます。落ち着いて次の便を待つ余裕が、命を守ります。
● スマートフォンを見ながら乗り降りしない
注意力が分散すると、段差や異変に気づくのが遅れます。乗降時だけは、足元と扉に意識を向けましょう。
● 点検状況を確認する習慣を持つ
多くのエレベーターには、かご内や操作盤付近に「定期点検実施日」「次回点検予定日」「保守会社名」が掲示されています。目安としてこのようなポイントを意識してください。
- 1年以上点検表示が更新されていない
- 点検日や保守会社の記載が見当たらない
- 掲示はあるが、極端に古い日付のまま
こうした場合は、「必ずしも危険」と断定はできませんが、 利用を控える判断として十分に合理的です。特に、不特定多数が使う古い雑居ビルや商業施設では、点検表示の有無そのものが安全管理意識の目安になります。
● 違和感を覚えたら、絶対に乗らない
- 扉の開き方がおかしい
- 停止位置がずれている
- 異音がする
こうした場合は、「大丈夫だろう」と判断しないことが何より重要です。
● 管理者側への働きかけも立派な対策
古い建物では、 最新の安全装置が未導入のケースもあります。 気づいた点を管理会社や施設側に伝えることも、 事故を防ぐ一歩になります。
おわりに――「当たり前」を疑うことが、安全になる
エレベーターは、現代社会を支える極めて重要なインフラです。同時に、私たちがその仕組みを深く意識しない装置でもあります。だからこそ、「止まるはず」「安全なはず」という思い込みが、事故を見えにくくしてきました。過去の事故は、 恐怖を煽るためにあるのではありません。 同じことを繰り返さないための、社会の記憶です。日常の中で、ほんの少し立ち止まる。 それだけで、防げる事故は確かに存在します。エレベーターに乗るその一瞬が、 安全を意識するきっかけになることを願っています。


