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2025

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    「経営は下りのエスカレーターだ」――赤字牧場を再生した銀行出身のホウライCEO が語る、“チャレンジしないこと”が最大の失敗である理由

    「経営は下りのエスカレーターだ」――赤字牧場を再生した銀行出身のホウライCEO が語る、“チャレンジしないこと”が最大の失敗である理由

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    かつては赤字続きで荒廃感すら漂っていたという、栃木県那須塩原市の那須千本松牧場。その施設を、今や(推定)年間100万人を集める人気スポットへと変貌させたのが、銀行出身という異色の経歴を持つ寺本敏之会長だ。銀行員時代に培った独自の視点で牧場の「強み」を再発見し、大胆な改革を断行。その根底には、「従業員は経営者の鏡」「経営は下りのエスカレーター」といったユニークかつ本質的な経営哲学があった。リーダーはいかにして組織を動かし、ブランドを再生させるのか。その軌跡と哲学に迫る。

    銀行員の視点で見抜いた、赤字牧場の“他にない稼ぐ力”

    会長が就任された当初、牧場は大変な状況だったと伺いました。

    ええ、「このままではやっていけない」というのが率直な感想でした。銀行から来たばかりで、この土地の本当の価値が分かっていなかったのです。目に見えるのは、昭和のレトロな建物が並ぶ、昔ながらの雰囲気を残した、素朴さそのままの田舎の観光牧場という姿。そして財務諸表を見れば、赤字続きでした。

    銀行員時代、私が融資判断で最も大切にしていたのは、その会社がなぜ存続できているのか、その「強み」を理解すること でした。数字はその結果に過ぎません。ライバルが多い中で、なぜこの会社が商売を続けられるのか。その本質を見抜くことが重要です。

    その考え方をこの牧場に当てはめて、「他にない稼ぐ力は何か」を徹底的に考えました。すると、首都圏からのアクセスが良く、インターチェンジにも近い広大な自然の中で、自社で約500頭の牛を育てています。ここでは、自社で土づくりを行い、牧草を育て、それを牛に食べさせ、堆肥を畑に還し、その畑で育てた飼料を牛に与えるという循環型酪農を長年続けてきました。効率や利益だけを追うのではなく、美味しくて、安心・安全な乳製品を生み出すことを大切にした歴史が息づいています。 これらこそが他にない特徴だと気づいたのです。問題は、その強みを活かしきれず、商売に結び付かず、赤字だったことでした。この価値をお客様に正しく伝え、感覚的に理解していただく「ブランディング」さえできれば、必ず再生できると確信しました。

    「従業員は経営者の鏡である」。経営者が自らを律し、演じるべき理由

    経営者として、どのような哲学をお持ちですか。

    特定の人物から影響を受けたわけではありませんが、先輩方の姿を見て常に気をつけていることが2つあります。1つは、従業員の考え方や動き方は、自分自身を映す鏡である ということです。

    私の動き方や考え方は、必ず従業員に反映されます。私がずるをしたり、怠けたりすれば、従業員もそうなってしまう。だから、たとえ本当の自分とは違っても、経営者として演じなければならない部分があります。幸い、私の銀行時代の先輩方は、きちんと身を処し、合理的な考え方をする方が多かった。その姿から学んだことは大きいですね。

    組織を動かすのは“言葉”の力。私が社員に伝え続けるたった3つのこと

    もう1つは、経営者の「言葉」の重要性です。かつて社外取締役の方から「経営者の言葉で従業員を動かさないと経営にならない」と言われ、当時はその意味がよく分かりませんでした。しかし自分で経営をしてみると、従業員の心を動かし、同じ方向を向かせる「言葉」がいかに大切かを痛感します。

    難しいことを並べる必要はありません。私がこの会社で従業員に言い続けているのは、たった3つです。

    1. お客様の立場に立ち、お客さまに喜んでいただくこと。
    2. オーナーシップを持つこと(他人事ではなく、自分のこととして取り組む)。
    3. インテグリティ(誠実)を貫くこと(ズルをしない)。

     
    この3つを、常に簡単な言葉で説明し、組織に浸透させていく。その言葉をどうやって現場の行動にまで植え付けていくか、それが経営者の役目だと考えています。

    「現場を大切に」は当たり前。総論賛成・各論反対の壁を壊す現場主義

    その言葉を現場に浸透させるのは、簡単ではないと思います。

    その通りです。非常に難しい。「お客様の立場に立とう」と言えば、誰もがうなずきます。しかし、現場に下りてみると、それができていない場面に数多く出くわすのです。

    例えば、レストランで原価率を一定以内に抑えるという事務所の指示から逆算して値付けをしていたり、混雑をさばくために食事の提供を学食のようなセルフサービスにしてしまったり。それは売り手側の効率化ではあっても、お客様の満足には繋がりません。自分たちの都合が優先され、お客様のことが忘れられてしまう。

    だからこそ、経営者が現場に下りていき、「今言ったことは、こういうことだよ」と実際のオペレーションの中で示し続けなければなりません。「私たちは現場を大切にしています」などと掲げている会社がありますが、そんなことは当たり前です。稼ぐのは現場なのですから。そこに入っていき、自分たちの言葉と行動を一致させていく。その繰り返ししかありません。

    100周年はゴールではない。ブランド力で戦うためのリスタートだ

    創業100周年に向けて、どのようなビジョンをお持ちですか。

    この会社の歴史は、バブル期の過剰投資と過剰債務に苦しんだ「失われた数十年」という、まさに日本経済の縮図そのものです。ようやくその負債を乗り越え、新しいスタートラインに立てました。そのリスタートを支えるのがブランド力 です。

    100周年は到達点ではなく、そこからどうリスタートを切るかの節目です。ブランドを崩さないように守り、その価値を使ってどうビジネスを展開していくか。例えば、ただ「千本松牧場」と名前をつけただけのお土産品を整理し、商品の特性に合った売り方を考え抜く。地域産業と連携し、季節ごとのイベントを仕掛けて牧場そのものの魅力を高めていく。まだまだやるべきことは山積みです。究極的には、この本物の味を海外に届けたいという夢もあります。

    経営は“下りのエスカレーター”。リーダーが失敗を恐れず挑戦し続けるべき理由

    次世代のリーダーたちに伝えたいことは何でしょうか。

    銀行員は事業会社に比べ、「失敗してはいけない」という文化で生きています。お客様の大切なお金を預かっている以上、それは当然です。しかし、事業会社は違う。チャレンジしないといけない。

    私はよく、会社の経営は下りのエスカレーターに乗っているようなものだ と話します。その場で立ち止まっていると、どんどん下へ流されていってしまう。周りが常に上へ向かっているからです。競争力を維持するには、自らも足を動かし、上へ登り続けなければなりません。

    (商品開発などでは)打率は3割で合格。7割は失敗するということです。失敗を恐れず、スピード感を持ってチャレンジする。そして、失敗だと判断したら早く撤収し、次にどう繋げるかを考える。チャレンジしない、動かないことは、すなわち負けなのです。 その覚悟を持って、若手や女性を含め、誰もが挑戦できる環境を作っていくことが、これからの成長に不可欠だと考えています 。

     
    ※本記事中の寺本敏之氏の肩書は取材時点(2025年9月)のものです。同氏は2025年10月1日付で代表取締役会長兼会長執行役員に就任(CEOからは退任)します。

    #千本松牧場#ホウライ株式会社#経営再建#トップインタビュー

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