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ふるさと創生1億円は何をもたらしたか──地域が選んだ35年の答え
ビジョナリー編集部 2025/12/11
2025年11月、石川県白山市の「1億円のトイレ」が老朽化のため取り壊されるというニュースが、多くの人に“ふるさと創生事業”を思い出させました。
1988年、竹下登内閣が全国の市町村に一律1億円を配ったこの事業は、バブル期の象徴でもあり、地域が自ら考えて使い道を決めるという、当時としては画期的な取り組みでした。
金塊の展示、自由の女神像、世界一のこま犬、豪華トイレ……。
奇抜と評されたものから、地域の誇りとして残り続けるものまで、自治体の挑戦は実に多様でした。
では、あの1億円は地方に何をもたらし、何を残したのでしょうか。
「ムダ遣い」と批判された一方で、住民参加や地域の議論を生み出し、今も続く資源となった取り組みもあります。
35年以上が経った今だからこそ、その意味を改めて見つめ直してみたいと思います。
ユニークな挑戦の数々
当時、多くの自治体の担当者は「突然の1億円」に戸惑い、頭を悩ませたといいます。何に使えばふるさとの未来につながるのか――その答えは、実に多様でした。
冒頭で触れた石川県白山市(旧吉野谷村)の「1億円のトイレ」も、その象徴的な一例です。県内初の下水道普及率100%を記念して整備されたこのトイレは、当時としては珍しい自動洗浄センサーやオーストリアやフランス製のお洒落な便器、冷暖房完備の設備を備え、その豪華な見た目に一時はバス観光の立ち寄りスポットとなり、観光名所として脚光を浴びました。
老朽化や部品調達の困難から、2026年に撤去されることが決まりましたが、同市は敷地内に新たなトイレとともに、世界ジオパークの拠点施設を整備し、観光客を呼び込む新たな拠点へと生まれ変わろうとしています。
岐阜県伊自良村では、現金1億円そのものを住民に公開し、村民たちは“山のような札束”に手を合わせたといいます。兵庫県津名町(現・淡路市)は、1億円の巨大な金塊を展示し、見物客を集めました。青森県百石町(現・おいらせ町)では、アメリカの自由の女神像を設置。ニューヨークと同じ北緯にあることが由来でしたが、外国人にも人気を博しました。
「ムダ遣い」か「地域の起爆剤」か
こうした派手な事例は当時から賛否両論あり、「1億円の無駄遣い」「バラマキ政策」といった批判も少なくありませんでした。
愛知県蒲郡市では、市内小学校の屋上に巨大な電飾看板を設置。新幹線から見えるようPRし、特産品や観光地名を発信しました。しかし、8500万円もの費用に対し市民からは「他に使い道があったはず」「市民に有効な活用を」という反発の声も。結局、看板は9年後に撤去されました。
また、秋田県仙南村(現・美郷町)では「村営キャバレー」を開業。若者の流出防止が狙いでしたが、利用者の中心は中高年、経営も振るわず約10年で閉店となりました。
さらに、1億円を「頭金」にして市債や借り入れを起こし、多目的ホールや温泉施設など大型ハコモノを建設した自治体も多数ありました。しかし、バブル崩壊後はその維持管理費や借金返済が重くのしかかり、財政を圧迫し続けている自治体も少なくありません。
地域の誇りと新しい絆
岐阜県瑞浪市の「世界一のこま犬」は、地域を巻き込んだ共同制作が住民の誇りとなり、今もボランティアが掃除や花植えを続けています。さらに「世界一の茶つぼ」や、特産豚肉の大規模試食会など、「みんなで世界一を目指す」活動が連鎖しています。
茨城県石岡市の「日本一の獅子頭」も、市民イベントのシンボルや観光資源として地元に根付き、35年経った今も地域の風景として残り、住民の“心の拠りどころ”になっているのです。こうした事例から見えてくるのは、「行政が作って終わり」ではなく、住民自身が関わり続けてこそ、地域資源は価値を持ち続けるということです。
表面的には奇抜な使い道に見えても、当時の“地域を注目させる”戦略がその背景にありました。「自分たちのまちをどうしたいか」を本気で考え、議論し、行動した経験は、地域に新たな絆や誇りをもたらしたのです。
まとめ
結局のところ、「ふるさと創生事業」は、日本の地方に何を残したのでしょうか。
確かに、バブルの夢が生んだ一時の熱狂や、維持が困難なハコモノ、議論を呼んだ奇抜なアイデアもありました。しかし、それだけではありません。自由に使える1億円が、地域の人々に「自分たちのまちの未来」を本気で考えさせ、時に失敗もありましたが、熱意や議論、そして住民参加の文化が生まれたことも事実です。
地方創生が再び問われる時代です。「1億円のふるさと創生事業」は、何かを始める勇気と、地域を動かす力が人々の中に眠っていることを教えてくれたのではないでしょうか。


