「検討はやめて、まずやってみろ」——開業25周年...
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答えはすべて現場にある——背水の陣で成し遂げた世界市場の開拓
日覺 昭廣 2026/06/14
2005年、私の経営者としての歩みの中で、最大の転機となる辞令が下りました。水処理本部長への就任です。当時の水処理事業は、参入から25年が経過していたものの、世界市場シェアはわずか5パーセント。赤字が垂れ流されている状態でした。内示を出した前田名誉会長(当時)からは、「お前がやってダメだったら、東レは水処理事業をやめる」と、まさに背水の陣を言い渡されてのスタートでした。
私は前田名誉会長から、「日覺、お前は俺と同じことを考えているな」と言われたことがあります。前田さんは文学青年で、私は一切本を読まない人間ですから、一見すると共通点などなさそうです。しかし、私たちはある強力な共通言語を持っていました。それが「現場」です。前田さんは「現実直視」、私は「答えはすべて現場にある」と言い続けてきました。現場という事実は、世界に一つしかありません。だからこそ、空理空論を排して現実から出発すれば、自ずと同じ結論に行き着くのです。
本部長就任の内示を受けてからの2カ月間、私はまだ着任前であるにもかかわらず、営業、生産、技術、研究のすべての現場へ徹底的なヒアリングに走りました。そこで見えてきたのは、販売と生産の相反するジレンマでした。
営業担当者に聞けば、「RO膜(逆浸透膜)の生産コストが高すぎる。他社より割高だから売れない」と言う。一方で生産担当者に確認すると、「販売量が少なすぎるから、稼働率が10〜20パーセントと低迷し、コストが割高になるんだ。もっと売ってこい」と返す。これでは、いつまで経っても解決するはずがありません。
私は生産側に「もし工場をフル生産したら、コストはいくらになる」とシミュレーションさせました。すると、現行の3万円から2万円にまで下がることが分かったのです。「よし、フル生産すれば業界の標準価格を下回っても十分に採算は確保できる。足りないのは販売量だ」と、私は瞬時に突破口を見出しました。
当時、社内では「優秀な営業マンが世界中を飛び回って、大手水処理企業と交渉している。さすが少数精鋭の東レだ」と称賛する声がありました。しかし、私は「そんな“富山の薬売り”のようなやり方は、今すぐやめろ」と一喝しました。年に数回、日本から出張でやってくる営業マンから、誰が社会インフラの要である水処理膜を買うというのでしょうか。水というものは世界中どこを探しても同じ水は存在しません。中東の海水には油分が混ざり、ある地域の工業用水には特有の化学物質が混ざる。必ず地域ごとに特有の運転トラブルが起きるのです。その時に、すぐ現場に駆けつけられない営業体制では、何の役にも立ちません。
海外の競合企業は、専門知識を持ったプロの営業を顧客のすぐ近くに配置していました。海外における営業とは、日本のような「組織の課長が異動でやってくる」ものではなく、「会社を変えても一生、膜を売り続ける」専門職のプロなのです。
私は、世界中のトップ営業マン20名をリストアップし、グローバルレベルでスカウトチームを結成する組織再生策をまとめました。就任からわずか1カ月後のことです。当然、当時の経営陣からは「そんなことできるわけがない」と猛烈な反対と却下を喰らいました。「設備を改造してフル生産しろと言うが、また最初にお金を使うのか」と、目先のコストに怯える空理空論ばかりでした。
私は彼らを真っ向から見据えて言い放ちました。
「私は今、できるかできないかの話をしているのではありません。勝つためには、これしか方法がないと言っているのです」
私は自分の意志を貫き、計画を即座に実行に移しました。まず、業界の第一人者であった60歳超のランディ・トゥルービー氏をスカウトするため、直接シンガポールへ飛びました。なぜ45歳前後の血気盛んな人材ではなく、彼を選んだのか。若い優秀なプロは、2〜3年でさらに条件の良い会社へジョブホッピング(転職)してしまうリスクがあります。しかし60歳を超えた彼なら、引退前の最後の花道として、自らの実績を賭けて東レで本気の勝負をしてくれると考えたのです。
私は海外の相場を踏まえ、前職の倍の給与と、売上増加に応じたインセンティブという破格の条件を提示して彼を口説き落としました。トゥルービー氏の入社を皮切りに、世界中からトッププロを20名近く引き抜き、ヨーロッパ、中国、アメリカの主要拠点に配置して「グローバルセールスチーム」を一気に立ち上げました。彼らは顧客の奥方の誕生日まで把握しているような、本物のプロフェッショナルでした。
生産の設備改造と、グローバルでの拡販を同時に全力で回した結果、水処理膜の販売量は爆発的に増加し、生産稼働率の上昇とともに採算は劇的に改善しました。東レの水処理事業はあっという間に世界の海水淡水化市場で50%以上のシェアを握り、業界トップのリーダーへと躍進したのです。
シェアが劇的に伸びた後、本社の副社長から「あの外国人たちに支払うボーナスが高すぎる。なぜこれほどの額を払う必要があるんだ」という指摘を受けました。しかし私は、「彼らはそれに見合うだけの圧倒的な売上を上げてくれたのです。世界標準のプロフェッショナルに対して当然の対価ですし、会社にもたらした利益から見れば、ほんの数パーセントに過ぎません」と明確に伝えました。自国の固定概念やドメスティックな物差しでグローバルな現実を測ろうしていては、日本の企業は取り残され国際競争に負け続けるばかりです。
あの時、周囲の懸念や反対に怯んで計画を諦めていたら、東レの水処理事業は間違いなく市場から消滅していました。そして「日覺は大言壮語するばかりで何も成し遂げられなかった」という評価を残し、私は生涯消えない悔いを残すことになったはずです。過去の失敗事例まで徹底的に調べ上げ、裏付けとなる根拠を完璧に揃えていたからこそ、どのような局面に立たされても私の信念は微塵も揺らぐことはありませんでした。
自分がこの会社で何をしたいのか、どうあるべきなのか。その強烈な当事者意識と、事実に基づいた圧倒的な準備があれば、どれほど高い壁に見える反対も、必ず突破することができるのです。


