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2026

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    「この会社に入れば人生ハッピーになる」――亀田製菓・髙木社長が語る、恋焦がれた会社への愛と「お米」の未来

    「この会社に入れば人生ハッピーになる」――亀田製菓・髙木社長が語る、恋焦がれた会社への愛と「お米」の未来

     日本の米菓市場を牽引する亀田製菓株式会社。同社で代表取締役社長を務める髙木政紀氏は、小学校の卒業文集に「絶対に亀田製菓に入る!」と書き、その言葉通り、高校卒業後、本当に同社へ入社した経歴を持つ。入社し、製造から管理部門、そして営業にわたり、亀田製菓のありとあらゆる部署を駆け抜け、ついにトップに就任した髙木社長に、会社への深い愛と、赤字転落の苦境から導き出した「従業員のハッピー」を第一とする経営哲学、そして世界を見据えたお米の可能性について話を伺った。

    3 歳で日本一になった地元の誇り。卒業文集に書いた「絶対に亀田製菓に入る!」

    子どものころから亀田製菓で働くことが夢だったそうですね。幼少期にそこまで惹かれた理由は何だったのでしょうか。

     私が生まれ育ったのは、亀田製菓の創業の地から 200 メートルほど離れた場所でした。

     私が 3 歳だった 1975 年に、亀田製菓は日本国内の米菓市場でトップになりました。近所の方や親戚の多くが亀田製菓に携わっており、休みの日になるとみんなが集まって、とても楽しそうに会社への想いを語っていたのです。

     幼心に「あの人たちはすごく幸せそうだから、あの会社に入ると人生がハッピーになるんだ」と自己暗示をかけてしまったのだと思います。その想いは揺るがず、小学校の卒業文集には唐突に 「亀田製菓に絶対入る!」 と書いてしまったほどです。「高校を卒業したらすぐに入社して即戦力になりたい」と思っていましたので、大学進学ではなく就職を選択しました。倍率は高かったのですが、無事に入社できたことで私の夢は達成され、想いは成就したのです。

    赤字転落とリストラの原体験。「会社も従業員も傷つけない」ための誓い

    入社後は現場から工場長、総務部長など様々な部署をご経験されていますが、その中で一番苦労されたことや、壁をどのように乗り越えられたのか教えてください。

     これまでに営業や製造、経営企画など 5 つの職種、16 の職場を経験しました。もともと望んで入った会社であり、即戦力として働きたいと思っていたので、どんな部署に行っても抵抗感はありませんでした。

     ただ、非常に辛かった経験があります。私が入社して 10 年目の 1999 年に、亀田製菓は初めて営業赤字に転落しました。構造改革を断行せざるを得ず、人員整理も行われました。当時、私は現場のリーダー的な立場と、会社を離れなければならない人たちの中間にいました。大好きな会社を去っていく人たちの姿を見たことは、相当ショッキングな出来事でした。

     その時、 「私がこのままずっと亀田製菓でお世話になるのなら、こういうことは絶対にないようにしていきたい」 と心に深く刻み込んだのです。会社が好きだからこそ、従業員が下を向いて社内がどんよりと内向きになってしまうことが何よりも辛かった。だからこそ、経営や管理職の立場になった今でも、従業員のエンゲージメントが高まっているか、会社に想いを持ってくれているか を常に気にかけています。

     働く人たちが、会社へ想いを込められなければ、成果には結びつかず、長続きも難しい。だからこそ、まずは自分の体と家族を最優先にし、会社は二の次でいい と伝えています。ワークライフバランスが保たれて初めて、思う存分活躍できる環境が整い、変化に適応できる強いチームになるのだと確信しています。

    生活の隙間に「ハッピー」を。50 年変わらない思いと「わずかな進化」

    「ハッピーターン」は 50 周年、「亀田の柿の種」は 60 周年を迎えられますが、長く愛される秘訣はどこにあるのでしょうか。

     創業の心にある 「生活者(お客様)に喜びと潤いをお届けする」 という想いに尽きます。例えば先日、テーマパークの行列に並んでいるご家族のお父様が、リュックから「亀田の柿の種 わさび」を取り出して皆に配っているシーンを見かけました。私たちの商品が、生活のちょっとした時間を繋ぎ、少しでも幸せを感じていただける一助になっていると実感でき、これほど嬉しいことはありません。

     ハッピーターンは今から 50 年前、オイルショックなどの影響で不景気な時代に 「お客様に幸せ(ハッピー)が戻って(ターン)来るように」 という願いを込めて、先輩たちが名付けたものです。当時は商品イメージがつきやすい名前が主流だった時代で、チャレンジングなネーミングでした。そうした自由で思い切った環境で活躍してくださった先輩たちには感謝しかありません。

     長く愛していただいているからこそ、ガラッと味を変えることはしません。しかし、 時代やお客様のニーズに合わせて「かすかに感じ取れるレベルの変化」を施し続けています。 変わらない存在であるために、わずかな進化というチャレンジをし続けているのです。「技のこだ割り」という商品もそうですが、完成したおせんべいをあえて割って味をしみ込ませる手間暇をかけ、お客様の心をくすぐる価値を追求し続けています。

    「ライス・イノベーション・カンパニー」として描く、10 年後のものづくりと営業

    2030 年に向けて、亀田製菓グループのビジョンとして「ライス・イノベーション・カンパニー」を掲げていらっしゃいますが、5 年後、10 年後の工場や営業はどのように変わっていくとお考えですか。

     生産現場では、DX 化や AI の活用が必然の取り組みになります。昔の米菓づくりは、その日の室温などに合わせて火加減を調整する「カンとコツ」の世界でした。それがマニュアル化へと進み、今後はAI が伴走者となって生産をサポートする体制 になるでしょう。おせんべいづくりは手間暇がかかりますが、その「手間暇」こそが価値です。AI などのテクノロジーを駆使することで、若い社員でもベテランの技術を受け継ぎ、指揮できるような理想的な形を作らなければなりません。

     一方、営業のスタイルも大きく変わるはずです。作られたものをただ店頭に並べていただく営業から、ライフスタイルに合わせた「商品企画営業」 へと進化していくと考えています。小売業のバイヤー様とともに「この地域のお客様には、お米を軸にしたどのような価値が必要か」を語り合い、一緒に商品を企画していくようなアプローチが求められるようになるでしょう。

    お米の無限の可能性を世界へ。農家と手を組み、未来の「ハッピー」を創る

    最後に、新潟の亀田から始まった御社が、今後世界に向けてどのような存在になりたいか、その展望をお聞かせください。

     私たちの最大の強みは、日常的に口にする「お米」という素材を、多様な形に加工できる技術 を持っていることです。お米は健康価値が高く、変化に富んだ素材です。今後、アジアをはじめ世界の人口動態が変わっていく中で、その地域や世代に合わせた商品を展開し、お客様の人生に寄り添うことができると考えています。

     また、私たちは昨年、新潟の地元農家の方と共同で農業を行う合同会社を立ち上げました。日本が誇る稲作のテクノロジーや土壌の価値を守り、後継者不足や耕作放棄地といった農家の課題に共に取り組んでいます。単に原料を調達するだけでなく、新しい品種の研究などを通じて、日本の稲作の価値や、お米の持つ可能性を世界に発信していくこと も私たちの使命です。

     これまで培ってきた知識と技術を広げ、社会や世界の人々の人生に寄り添い、幸せなシーンを一つでも多く築き上げていく。それこそが、亀田グループが目指す未来の姿です。

    #亀田製菓#リーダーシップ#ライス・イノベーション#ハッピーターン#食品メーカー

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