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「文房具店」からの脱却と銀座の誇り。伊東屋 伊藤社長が語る、“ワクワクする体験”と妥協なきものづくり
ビジョナリー編集部 2026/07/17
2024年に創業120年を迎えた銀座の文房具専門店、伊東屋。デジタル化が進み「書く」機会が減る現代において、同社は文房具を単なる道具ではなく「クリエイティブな時をつくる」ためのツールと再定義し、店舗そのものをワクワクする体験の場へと進化させ続けている。2015年の銀座本店の建替え/大規模リニューアルをはじめ、妥協なきオリジナル商品の開発、そして世界を見据えた店舗展開など、常に変わり続ける老舗の原動力はどこにあるのか。伊藤明社長に、困難を乗り越えたターニングポイントやモノづくりへの情熱、そして未来を創る組織のあり方について話を伺った。
「文房具店」からの脱却。モノを買う場所ではなく“ワクワクする体験”の場所へ

文房具を売る店から、クリエイティブな時を作る場所へと再定義されました。守り抜くべき「伊東屋らしさ」と、あえて変えていくべき要素はどこにあるとお考えですか。
現在、世の中において「文房具」と「小売店」は、以前とは全く違う意味を持つようになりました。社内の会議でもパソコンが主流になり、記録するための紙やペンは必ずしも必要ではありません。また、単にモノを買うだけであれば、ネット通販で十分な時代です。
しかし、子どもがクレヨンや鉛筆を持って絵を描く楽しさや、複数の絵の具を重ね合わせて色がどう変化するかを目の当たりにする体験は、デジタル画面の限られた枠の中だけでは得られません。手で文字を書くという行為が脳の働きと深く結びついていることも分かっています。つまり、道具が揃ってしまった今の時代だからこそ、その時々の感情や自分の思いをいかに鮮明に残すかという、体験自体の価値が高まっている のです。
お買い物体験も同じです。かつては数ある商品の中から用途と価格のバランスを考えて最適なものを探し出す場が小売店でした。しかし、今は違います。お客様が求めているのは、美術館や公園に行くのと同じように、お店に行くこと自体が楽しいという体験 です。
以前、私たちが扱う商品は十数万アイテムにも及びました。しかし、それだけ膨大な商品が並んでいても、お客様からすれば沢山ある中から「選ばされている」感覚になってしまいます。そこで、お客様が主体的に「これを自分で選んだ」と思えるように、最適な商品を厳選し、一つ一つが見やすく配置する工夫を重ねました。「ここに来てよかった」「これを持ち帰れば何か素敵なことができる」というワクワクした気持ちになれるという『信頼感』 それこそが、120年以上変わらない私たちが守り抜くべき「らしさ」です。商品そのものの良さに加え、光や音楽といった空間の心地よさ、そしてお客様に寄り添う接客が組み合わさることで、その価値は作られると考えています。
貸しビル化の提案を拒否。銀座の街で「商売」を続ける覚悟

長い歴史の中で、特にターニングポイントとなった出来事や困難だった壁について教えてください。
大きなターニングポイントは、銀座本店の建て替えを決断した時です。今から20年ほど前、手帳が飛ぶように売れていた時期は、店内が歩けないほどの混雑ぶりでした。建物が老朽化していく中で、このままではいつか床が抜けるなどの大きな事故が起きてしまうという強い危機感がありました。
そこでゼネコンに建て替えの相談をしたのですが、最初に提案されたのは「伊東屋さんのご商売も大変でしょうから、建て替えたビルを貸しビルにしましょう。その方が会社は儲かりますよ」という言葉でした。これには強く反対しました。私たちには自らの商売で生きていく覚悟があったにもかかわらず、「あなたたちにはもう商売はできない」と100年以上の努力を全否定されたも同然だったからです。
銀座の街を見渡すと、ビル一棟を下から上まで自社ブランドだけで埋めている企業は数えるほどしかありません。当時、会長である叔父からは「看板の上から下まで伊東屋の名前がひとつだけなことが私の誇りなんだ」と聞かされていました。その思いを受け継ぎ、「絶対にどこにも貸さず、全フロアを自前で成功させてみせる」と強く心に誓いました。
建て替えの際にこだわったのは「光」です。小売店は商品が日焼けして痛むのを嫌がり、窓を無くし壁にしてしまうことが多いのですが、人間にとって太陽光を取り入れることは最も元気になる要素です。太陽光の下でモノ本来の色を確かめることもできます。そこで、道路に面した両面を全面ガラス張りにし、自然光がたっぷり入る心地よい空間を作りました。
3年越しの開発も。伝統と現代の生活を結ぶオリジナル商品への執念
オリジナル商品に込められたこだわりや、ユーザーに届けたい豊かさについてお聞かせください。
私たちは現在、アメリカでも「トップドロワー」という店舗を展開しており、そこでは商品の約8割以上がオリジナル商品で構成されています。日本でも、空港などの小型店から徐々にオリジナル商品の比率を高めていく挑戦を続けています。
オリジナル商品を作る上で大切にしているのは、伝統的な技術を用いながらも、現代の生活の中で普通に使えるものを作る ということです。例えば、最近発売したシーリングスタンプは、富山県高岡市の仏具を作っている鋳物屋さんに依頼して生まれました。伝統的な仏像作りの鋳物の製法を活かし、印面はもちろん、持ち手の部分には精巧な動物の装飾を施しました。完成までには原型を作るデザイナーの産休や工場の火災など様々な事態が起こり、困難がありましたが、最新の3Dスキャン技術なども駆使しながら、3年以上の歳月をかけました。
また、ガラスペン形状のチタン製つけペンも試行錯誤の連続でした。ガラスペンの魅力はインクの滑らかな書き味にありますが、金属で作るとインクが全く出なかったり、一瞬で書けなくなったりしてしまいます。ペン先の溝の深さや形状を何度も調整し、最終的に異なるチタン加工技術を有する複数の工場にまたがって生産ラインを構築し、ようやく納得のいく商品が完成しました。
大人がワクワクしながら体験でき、なおかつ生活の中で実際に長く使えるものを作りたい。 そうした妥協のないモノづくりへの執念が、伊東屋のオリジナル商品を支えています。
組織の強さは「自分が伊東屋を作っている」という誇り
最後に、未来をつくる組織のあり方や、若手ビジネスパーソンに向けたメッセージをお願いします。
組織づくりにおいて最も大切なのは、一人ひとりが「人の気持ちがわかる人間であること」だと思っています。何かのスキルが突出して優秀であることよりも、お客様や仲間の目を見て、きちんとコミュニケーションがとれることの方が重要です。
今、伊東屋が高い評価をいただけているとすれば、それは部署を問わず、すべての社員が「今の伊東屋の評判は、私が作っているんだ」という誇りを持てているから だと思います。オンライン担当も、店舗の販売員も、バイヤーも、商品開発担当も、全員が自分たちの仕事に責任と誇りを持っている。これこそが私たちの最大の強みです。
社内では週報を通じて、全店舗から寄せられた接客の成功体験や気づきを共有しており、私自身もそれに毎週目を通して返事を書いています。社員が一生懸命に向き合ってくれている以上、トップである私もそれ以上の熱量で応えなければなりません。
これからの時代を生きていく若い方々に伝えたいのは、人生は楽しんだほうがいい ということです。仕事をしていると、どうしても誰かから言われたことや、外部からの刺激に反応して動くことが増えてしまいます。しかし、「誰かがこう言ったから」ではなく、「自分がこうしたいから」という主体的な選択を積み重ねていくこと。 それが、最終的に人生を豊かにし、仕事を最高に面白くする秘訣だと信じています。


