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「いつも新しくオモロイ老舗の挑戦」――創業139年、アパレル縫製資材の総合商社・島田商事が挑む、“国際化・メーカー化”への進化と人材育成論
ビジョナリー編集部 2026/03/27
明治20(1887)年、島田社長の曽祖父に当たる島田定次郎氏が、大阪でボタンメーカーとして創業。その後、釦(ボタン)問屋に事業変更したものの太平洋戦争でゼロベースに。戦後、三代目社長の庸宏氏(島田社長の父)が若干17歳で焼け野原から再創業。そして、高度経済成長期を経て、今やアパレル縫製資材をすべて扱い、グローバルに拠点を展開する島田商事株式会社。100年以上の歴史を持つ同社だが、島田社長は、社員が自分たちで考え、チャレンジし、成果を上げる、お取引先様からも「オモロイ会社」だと思ってもらえる企業となるべく、組織の変革を止めない。
島田社長が他社を経験した後に入社した時の大半の島田商事の社員たちは、日経新聞は読まない。読むとしてもスポーツ新聞くらいという感じの会社であったが、そのレベルをいかにして上げ、世界と戦える人材を育ててきたのか。そして、人口減少が進む日本市場を見据え、老舗商社が目指す「国際化」「メーカー化」への転換とは。島田氏に、その経営哲学と未来への展望を伺った。
「スポーツ新聞」から「日経新聞」へ。入社当時に痛感した採用改革の必要性
まずは島田社長のご経歴と、入社の経緯についてお聞かせください。
弊社は曽祖父が創業し、戦後に父がゼロから再創業した会社です。父は7人兄弟の長男ですが、うち4人の弟たちが次々と入社し、兄弟で力を合わせて会社を拡大してきました。
私は次男ということと、兄がすでに入社していたこともあり、大学卒業後約6年間、全く異業種のキッコーマンで働いていたのですが、父から「会社に戻ってきてくれないか」と相談されたのが入社のきっかけです。三和総合研究所(現三菱UFJリサーチ&コンサルティング)での修業を経て、島田商事に入社しました。
当時、会社は大阪に新しく本社ビルを建てたばかりでしたが、父は「器はできたが、中身(組織体制)がまだ追いついていない」と感じていたようです。実際に仕事をし始めてみると、稟議書のシステムもなく、採用も時代に取り残された感じのやり方で、さらには、当時の社員たちが読んでいる新聞はスポーツ新聞ばかり。それまで経験した会社でやっていたような、毎朝、日経新聞を読んでから出社し、会社では、そこから関連する話題で会話が始まるという、互いに高め合うルーティーンは全くなく、「これではいけない」と痛感しました。
そこからどのように組織を変えていかれたのでしょうか。
まずは社員のレベルを上げること に注力しました。30代前半の係長時代から、採用基準の見直しに着手しました。それまでの一般職は、高卒採用でしたが、採用時に高校から推薦されてきた学生を不合格にはできないという慣例があったため、しっかりと採否の判断ができる短大卒や四大卒の採用を始め、女性一般職社員のレベルアップから取り組みました。
当時の女性社員は、結婚後退職するのが当たり前だったため、在職期間が短くなってしまうと、最初は現場からの反発もありました。しかし、実際に優秀な人材が入ってくると、語学力などの面で明らかに業務の質が変わります。大卒男性総合職社員よりも語学スキルが上の大卒女性一般職社員も入社してくれるようになり、海外でのプレゼンで、入社間もない一般職社員が海外出張し、通訳として活躍するような事例も出てきました。それに引き上げられるように、大卒男性総合職社員のレベルも上がるなど、徐々に組織全体が底上げされていったのです。
私は、当社を150年、200年と続く企業にしたいと考えています。そのためには、かつてのKKD(=経験・勘・度胸)と愛嬌だけで勝負するのではなく、たしかなスキルと情報をベースに、物事を論理的に考え、世界と渡り合える知性を持った集団へと進化する必要があったのです。
年度方針の「テーマ」で鍛える、情報の見極めと稼ぐ力
社長就任以来、社内に向けてユニークなスローガンを発信されていると伺いました。
毎年、次年度の方針としてテーマを掲げています。例えば社長に就任した2021年と2022年は「再創業」。創業者が明治20年にボタンメーカーとしてスタートした時は、まだ、日本ではほとんどの人が着物を着ており、その時代にボタンメーカーを始めるという、いわばベンチャー企業でした。その原点に立ち返り、常にベンチャー精神を持とう という意味を込めています。
続いて2023年「オールSHIMADA連携強化」、2024年「WORK with PASSION(情熱)」、2025年「論理的思考マラソン~考えて、考えて、考えて、考えて、考え抜く」、2026年「SHIMADAインフラの徹底認識と活用で稼ぐを創造」というテーマを次々と掲げてきていますが、これらは関連し合いながら、連綿と続いていくのです。
なぜ今、「考え抜くこと」が重要なのでしょうか。
それらのテーマの中でも、昨年の「論理的思考マラソン~考えて、考えて、考えて、考えて、考え抜く」という癖をつけることが、様々な事柄に対応するのに非常に大切だと社員たちにもことあるごとに話しています。
それは、現代社会では情報があふれていますが、その情報の質を見極める力が弱まっていると感じるからです。例えば投資一つとっても、証券会社の情報、ニュース、世界情勢など、多角的な情報を自分で集め、論理的に分析しなければ勝っていくことはできません。
私は社員に「簿記」や「英語」等の資格取得を強く推奨してきており、今は、昇格要件にも組み込みましたが、これも知識そのものというより、数字や言葉を通じて 「見えていないものを見る力」 を養って欲しいからです。簿記を知れば、在庫が寝ている間にどれだけの損失が生まれているかが見えてくる。そういった「気づき」が、結果として会社の「稼ぐ力」につながります。
昨今のSNSやネットニュースは、アルゴリズムによって自分に都合の良い情報ばかりが表示されがちです。偏った情報の一部だけを切り取って信じ込むのではなく、多様な視点から情報を集め、自分の頭で論理的に正解を導き出す。そうしたリテラシーを持たなければ、ビジネスでも正しい判断はできません。
会社は「自己実現のステージ」。学生に求めるのは15秒の真剣勝負
採用活動にも社長自ら積極的に関わられているそうですね。
学生向けの質問会には私が直接出て、すべて本音で答えるようにしています。就職活動は人生の大きな岐路ですから、学生さんにも後悔してほしくない。だからこちらも包み隠さず話します。
選考では「15秒PR」というものを導入しています。たった15秒ですが、そこにはその人のすべてが出ます。話す内容だけでなく、椅子の座り方、立ち居振る舞い、目線。短い時間でいかに自分を表現できるか、そこを見ています。
社員の方には、会社をどう捉えてほしいと考えていますか。
会社は 「自己実現のためのステージ」 だと思って欲しいですね。私が推奨している資格取得も、極端な話、会社を辞めたとしても本人の財産になります。
「島田商事というインフラを使って、自分のやりたいことを実現してくれればいい」、そう伝えています。もちろん、優秀な人材には長く残って欲しいというのが本音ですが(笑)。たとえ個性が強くても、人間的な魅力があり、社内外から愛される人材は大切にしていきたいですね。
脱・問屋。「ファブレスを含めたメーカー」として世界市場へ打って出る
創業150周年に向けた、今後のビジョンをお聞かせください。
日本のマーケットが縮小していく以上、海外展開の強化は不可欠です。しかし、単に商品を右から左へ流す「問屋」のままでは、グローバルアパレル企業と対等には付き合えません。これからは資材の「メーカー」としての機能を強化 していく必要があります。
具体的にはどのような戦略を描かれていますか。
現在、ベトナムのホーチミンの郊外に、ある副資材を生産する自社工場を設けており、その拡大も考えてはいますが、やみくもに自社工場を増やすのではなく、企画力と品質管理能力を高めた 「ファブレスメーカー」 化を目指しています。
現在、東京・大阪だけでなく、福山、香港、ベトナムにも企画担当を置き、各地で独自の開発を行っています。また、品質を担保するために、大阪本社に加え、中国の東莞、ベトナムのホーチミンにも「ラボ(検査室)」と検品センターを設立しました。公的検査機関に匹敵する設備を整えることで、世界中の顧客に安心を提供できます。
昨年は海外の展示会に15回出展しました。欧米を中心に、中国やベトナムで開催されるものに、です。どの展示会に出展するか、どういった商品をどのような見せ方でプレゼンするのか、社員たちが自ら考え、世界中を飛び回って新規顧客を開拓してくれています。私は彼らからの報告をLINEで受け取り、「やってみなはれ!」と背中を押すだけです。
政治的な情勢がどうあれ、現場レベルでは国境を越えたお取引先様との信頼関係が築かれています。100年企業としての誇りを持ちつつ、常に新しく、“オモロイこと”を仕掛けていく。そんなベンチャー精神あふれる会社であり続けたいですね。


