「薬物の大量摂取」に逃げ込む子どもたち——市販薬...
SHARE
「外見の序列化」から「多様性と発信力」へ:大学・自治体のミスコン終了が示す時代の転換点
ビジョナリー編集部 2026/10/22
大学の学園祭の花形であり、自治体の観光PRの定番だった「ミスコンテスト(ミスコン)」。近年、そのあり方をめぐる議論が活発化し、多くの大学や自治体がコンテストの「終了」や「刷新」を迫られています。2026年は、青森の「ミスりんご」や、金沢の「ミス百万石」も廃止されることが、大きなニュースになりました。
なぜミスコンは幕を下ろしているのでしょうか。そして、それに代わる新しいイベントやPRの形とはどのようなものなのでしょうか。この記事では、その背景にある社会的要因や、新しく生まれ変わった取り組みの実態、そしてこれからのイベントについて詳しく解説します。
近年終了・変更された具体的な事例
全国の大学や自治体では、従来の形式を見直す動きが増えています。例えば、上智大学では1980年代から続いていた伝統的なミスコンを2020年に終了し、性別を問わない部門や社会貢献への取り組みを重視する形式へと大きく舵を切りました。また、東京女子大学の大学祭実行委員会も、「ジェンダーレス時代の流れに合わない」として、2022年に廃止を正式に表明しました。同大学では外見を審査基準に含めず、期間中の活動を通した発信力を競う形へとリニューアルされています。また、2026年には、青山学院大学の「ミスミスター青山コンテスト」の名称を「青山コンテスト」へと変更し、ジェンダーの多様性に配慮する形となりました。
各地の自治体でも、観光親善大使における性別の垣根を撤廃するケースが相次いでいます。例えば、2023年に休止となった「ミス沖縄」では、年齢や性別の制限をなくしたことで多様性を重視した「沖縄観光大使」が新たに選出されるようになり、地域PRのあり方が根本から変わろうとしています。
なぜ終了・刷新されているのか?
背景には、主に3つの理由が存在します。
まずは、ルッキズムや外見の序列化に対する批判の高まりです。人間の外見を点数化し、順位づけすること自体が、参加者やそれを見る人々に無意識のプレッシャーや心理的負担を与えるという懸念が強まりました。
また、ジェンダー平等の意識の浸透と、言葉が持つ違和感もあります。「ミス(Miss=未婚女性)」という呼称や、女性のみを外見で競わせる構造が、現代のジェンダーレスな社会規範や多様性の尊重という観点にそぐわないという判断が下されています。
さらに、イベントや大使に求められる社会的役割の変化も挙げられます。容姿の美しさを競い合う時代から、SNSを通じた発信力、地域活性化への貢献度、社会課題に対する意識の高さなど、「個人の内面や行動力」を評価する時代へと価値観が大きくシフトしたことが後押しとなっています。
新しい取り組みとそこに潜む課題
多くの組織が新しい形でのイベントに挑戦しており、「観光大使」や「アンバサダー」といった性別不問の名称に変更し、SNSでの発信力や地域貢献のアイデアを競い合うスタイルへと移行しています。外見の比重を下げ、参加者一人ひとりの人間性や活動の中身を評価する試みは、新しい時代のモデルケースになっています。
しかし、そこには新たな課題も存在します。「内面や発信力」をどのように公平かつ客観的に審査・評価するのかという運用面の難しさは、現場の実行委員や担当者を悩ませる要因となっています。
参加者にとっての新しい意味
従来のミスコンが「選ばれる側」としての美の競演であったとすれば、現代の刷新されたイベントは、参加者自身が主体的に社会とつながる「自己表現とエンパワーメントのプラットフォーム」としての意味合いを強めています。
外見の基準ではなく、社会課題に対する問題意識や独自のアイデアを言葉や行動で伝える場となったことで、参加者たちは自身のキャリアやメッセージを発信する機会を得ています。このように、コンテストが「評価される場所」から「自分らしく声を上げる場所」へと変貌を遂げていることが、時代の大きな転換点を象徴していると言えるでしょう。
終わりに
古い慣習を見直し、誰もが参加しやすいエンターテインメントへと進化するためのアップデートの過程にあるのが、ミスコンの終了や刷新なのかもしれません。
誰もが自分らしく輝けるステージの模索から、これからの大学祭や自治体PRの新しいスタンダードを作っていくことが期待されています。


