商売の原点は「母の膝の上」 客あしらいの妙に見た...
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#01ご挨拶~執筆にあたって~
野本弘文 2026/05/01
このたび、株式会社ジムの代表取締役会長 兼 社長である八木原保さんよりご紹介をいただき、本連載「原石からダイヤへ」を執筆させていただくことになりました。
八木原さんとは、かれこれ20年のお付き合いになります。八木原さんはビジネスの表舞台だけでなく、裏側の苦労も分かち合える稀有な存在であり、公私ともに私の良き理解者です。変化の激しい時代において、常に新しい価値を創造し続ける八木原さんからのお声がけということもあり、大役ではありますが、これまでの私の歩みが少しでも次世代のリーダーたちのヒントになればという「ご縁」を感じ、お引き受けすることにいたしました。
私のまちづくりに対する考え方の根底には、幼少期の原体験があります。私の実家は酒屋と果物屋を商う小さな商店でした。そこで子供ながらに学んだのは、「店は一軒だけでは繁盛しない」ということです。
店と店の間をお客様が行き来し、商店街全体が賑わうことで、初めてみんなの笑顔が生まれ、商売が成り立つ。この「お互いさま」という感覚、そして地域全体で豊かになろうとする視点が、後に私が掲げることになる「オープンなまちづくり」の原点となりました。
こうした「共に栄える」という思いは、東急の歩みとも重なります。
東急グループは2022年に創立100周年を迎えました。創業者である五島慶太、そして「田園都市」の構想を掲げた渋沢栄一。彼らが描いたのは、単に家を建て、鉄道を敷くことではなく、「理想の暮らし」を創造することでした。
私は1971年に東京急行電鉄(現:東急)に入社しました。入社当時の日本は高度経済成長の真っ只中。しかし、私のキャリアを振り返ると、決して華やかな「本流」ばかりを歩んできたわけではありません。むしろ、社内では「脇道」や「回り道」と見なされるような場所での経験や出会いが、今の私、そして今の東急の街づくりに生かされています。
私はよく、仕事をすることを「井戸を掘る」ことに例えます。
もともと私は土木の技術屋としてキャリアをスタートさせましたが、この考え方は経営もまちづくりも、すべての仕事に通じます。
井戸を掘るには、まず水脈を見つけなければなりません。しかし、水脈を見つけただけでは「商品」にはならない。水源まで深く掘り進め、水を効率よく汲み上げ、さらにはその水の価値を高めるための加工を施し、必要とする方々へ届ける。この一連のプロセスには、多くの人の知恵と力が必要です。何より、「井戸は決してひとりでは掘れない」のです。
同じ思いを持って、共に掘り続ける仲間がいなければ、枯れない水脈に辿り着くことはできません。私がこれまで携わってきた数々の事業も、決して私一人の力で成し遂げたものはなく、現場の社員、地域の皆様、そしてパートナー企業の皆様という「仲間」がいたからこそ、実現できたものばかりです。
今回、これまでの歩みを振り返る中で、改めて多くの方々との出会いと教えに支えられてきたことを痛感しています。
本連載では、私がどのような壁にぶつかり、それをどう乗り越えてきたのか。仕事での出来事だけでなく、私の人格形成に影響を与えた幼少期の思い出や、若き日の苦悩についてもご紹介できればと思います。
時代の変化は激しく、時には向かい風に感じることもあるでしょう。しかし、風が吹かなければヨットは進みません。風を読み、帆を張り、自らの手で舵を握る。その挑戦の楽しさを、この連載を通じてお伝えできれば幸いです。


