「地域と生きる金融」へ。城南信用金庫・林理事長が...
SHARE
「ライオンを内側から変える」——敗北感の中で磨いた流通への視点とイノベーションの意志
岩田 彰一郎 2026/10/10
ライオンでヒット商品を生み出す一方で、私は会社を取り巻く巨大な業界構造の変化と、競合との苛烈なシェア争いにも強い危機感を抱いていました。
当時、ライオンの強力なライバルであった花王は、自社専属の販売会社(直販体制)を全国に構築し、圧倒的な効率化とデータ管理で市場を席巻していました。名経営者として知られた丸田芳郎氏のもと、徹底的な合理化を推進していたのです。これに対し、ライオンは「信頼こそがビジネスの基本である」とし、伝統的な卸売業者との共存共栄を目指す「三強政策(強い卸店、強い商品、強い結びつき)」を掲げて対抗していました。
理念としては非常に美しく見えました。しかし現実は厳しく、目の前でライオンは花王に市場を急速に奪われ、水をあけられていく一方だったのです。
「想いや理念だけでは勝てない。現実の構造を変えなければダメだ」
大阪で営業の現場にいた25~26歳の頃、私は強い焦燥感の中で、会社に対してある流通改革の提言をまとめました。卸業者を強化しながらも、メーカー側が情報の主導権を握る。そのために共同配送システムの構築や商品の適正化、流通データの情報管理を徹底すべきだと訴えたのです。いわば、のちにアスクルで実現することになる「情報と物流の一体化」のプロトタイプのような発想でした。
しかし、20代の一若手社員によるこの青くさい提言は、当時はほとんど相手にされず、あっさりと無視されました。
それでも私は諦めませんでした。豊中にあった小さな倉庫の片隅で、若手チームを中心に「TIO運動」と名付けた自主的なイノベーション活動をスタートさせたのです。家庭生活における人間の豊かな成長を探求し、単なる商品の供給にとどまらない新しい価値と改革をライオンの中から起こしていこうと呼びかけました。
そこでは、ひらめきや感覚的な思いつき(右脳)と同時に、「なぜそれが機能するのか」「市場の構造はどうなっているのか」を論理的に突き詰める(左脳)姿勢を常に忘れないでいました。流行がどのように伝播し、流通を通じて生活者に届くのかを徹底的に探求し続けたのです。
当時、社内には優秀なオーソドックスなマーケターはたくさんいました。のちに資生堂の社長となる魚谷雅彦さんのように、高い志を持って外の世界へ飛び出していく刺激的な後輩もいました。しかし、歴史ある大企業の社内にとどまりながら、既存の枠組みを根底から打ち破るようなイノベーションを起こそうと奔走する人間は、決して多くはありませんでした。だからこそ、多くの先輩や同僚たちが「岩田の情熱に賭けてみよう」と、あれほど熱心に応援してくれたのだと思います。
「はじめに意志ありき」
これは現在、私が講演などでも繰り返し社員や若手経営者に伝えている言葉です。どれほど緻密なロジックや素晴らしい市場環境があろうとも、最初に「現状を変えたい」「新しい価値を生み出したい」という強烈な意志がなければ、組織も市場も何一つ動きません。
20代の私が巨象のような大企業に挑み、無視され、挫折を味わいながらも提言し続けた経験。そして、理想論から出発してあるべき姿を描き、組織を動かしていく手法。ライオンという素晴らしい会社で過ごした十数年間は、私が真のビジネスパーソンとして、そしてイノベーターとしての骨格を形成するための、かけがえのない修練の場だったのです。


