「挑戦者の事業成長パートナーへ」――マクアケ社長...
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「野球選手はフットボールをしない」——私が一つの業界にこだわる理由
浅見 隆 2025/11/05
私のキャリアは、コダック、スポルディング、ジョンソン・エンド・ジョンソン、そしてレブロンという4つの企業で形成されています。どの会社でも素晴らしい学びがありましたが、その中でも「艱難辛苦」という言葉が最もふさわしいのは、やはりレブロンでしょう。53歳で社長を拝命した当時、レブロンは30年間赤字が続き、社員も1,500人を抱えるという大変な状況でした。
最終的に、10年半かけて売上も利益も圧倒的に向上させ、64歳になる手前で後継者にバトンタッチすることができました。短期的に経費だけを削って黒字化するというのは、外資系ではよくある手法ですが、それでは長続きしません。10年半という期間をかけて持続的な成長軌道に乗せられたこと、この「数々の失敗と幾らかの成功」の経験が、私の最大の財産となりました。現在は、このリアルストーリーをベースに、これまで日本能率協会や、IBM、大阪ガス、ロッテといった大手企業で、役員や部長向けの研修など行ってきました。
私が研修でお話しするのは、レブロン個社の話というよりも、「アメリカのグローバル企業から何を学んだか」ということです。私のキャリアには一貫した軸があります。それは「アメリカのグローバル企業」であり、かつ「一般消費財(コンシューマーグッズ)を扱うメーカー」であることです。
外資系には、あるときは保険会社に、あるときはフランスの会社に、と渡り歩く人も多いですが、私はアメリカのグローバル企業にこだわり続けました。途中で製薬会社など、一般消費財以外の企業からオファーをいただいたこともありましたが、興味が湧きませんでした。薬の売り方と一般消費財の売り方は、マーケティング手法も根本的に異なります。私が行ったとしても、おそらく成功しなかったでしょう。
私はよく「野球選手はフットボールをしない」という例えを使います。野球選手なら、中日でも巨人でもドジャースでもプレーできますが、競技が違えば無理です。私にとっての競技は、あくまで「一般消費財」でした。
その基礎を学んだのは、新卒で入社したコダックです。当時は部長でも何でもないポジションでしたが、そこで一般消費財のマーケティングの基本を叩き込まれました。コダックでフィルムやカメラを扱っていた経験が、スポルディングでゴルフボールやテニスラケットを扱う際にもそのまま活きたのです。商品は違っても、根本的な考え方は変わりません。メーカーから卸、小売店を通じ、一般消費者に届けるという流通の基本構造も、ダイレクトマーケティングが主流になる前の時代は、4社とも全く同じでした。
根本にあるのは、私の「ポジティブシンカー」な性格かもしれません。高校時代から英語や国際的なコミュニケーションにフォーカスしていましたから、就職活動の時から「自分のスキルを活かせる仕事」を探していました。
当時は、一つの会社に骨を埋(うず)める「就社」という考え方が主流でした。しかし私は、ある一つの会社に勤めること自体が目的ではなく、「国際的な環境でビジネスがしたい」という目的が先にあったのです。転職が当たり前ではなかった時代に会社を辞めると、後輩から「浅見さん、今から転職して大丈夫ですか?」と本気で心配されたこともあります。
しかし私は心の中で、「私に『大丈夫か』と聞くよりも、ただ会社に居ればいいと思っている君こそ大丈夫か?」と思っていました。自分の得意だと思える分野に向かって進んでいけるなら、それでハッピーだと。そういう考え方でキャリアを築いてきました。


