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司法試験からの転身と「買わせない営業」——百科事典で知った商売の神髄と、水産業界との運命的出会い
木村 清 2026/09/08
自衛隊を退官後、自衛隊時代の先輩からの『今できることを精一杯やれよ』との言葉をもらい、私は難関の「司法試験」を目指すことにしました。自衛隊時代に受講していた中央大学の通信課程を活かし、持ち前の記憶力で法学を貪欲に吸収していったのです。自衛隊で鍛え抜かれた私の脳は、書籍を一通り読むだけで知識が定着し、2年目の受験で一科目残しの惜しい点数を叩き出すまでになりました。
ところが、その志を挫くような予期せぬ不運に見舞われます。独立資金が必要だという友人を信用して株で得た利益200万円を貸したところ、持ち逃げされてしまったのです。
資金が底をつき、大学の学費や専門書の購入費を稼ぐため、歩合制の「百科事典の訪問販売」のアルバイトを始めました。1セット15巻で25万円から27万円という超高額商品で、売れば売っただけ儲けになります。
団地や戸建て、アパートを数百軒回っても全く売れず、食事はくず野菜を入れたインスタントラーメンやコッペパンのみ。顔が黄色くなるほど困窮し、ヒッチハイクで遠方まで行って歩いて営業して回る日々が続きました。
限界を迎えて辞表を出そうと、吉祥寺の井の頭公園で落ち込んでいた時、転機は訪れました。集まってきた子供たちに、商売抜きで事典を開いて読み聞かせていたところ、迎えに来た母親の一人が「素晴らしいですね、売ってください」と言ってくれたのです。翌日には口コミで評判が広がり、注文が殺到しました。
「売ろう、売ろう」とセールストークを押し付けるのではなく、お客様が真に求めている価値を提供し、共感を得ること——。商売の奥深さを知った私は、1カ月半で500巻以上という驚異的な新記録を達成しました。しかし、どれほど売っても会社は、のらりくらりと言い訳するばかりで、歩合給が上がらないという不誠実な体制に疑問を感じ、退職を決意しました。そして、職業安定所を通じて新たな職場を探すことにしました。
そこで出会ったのが、大洋漁業(現マルハニチロ)の関連会社「新洋商事」でした。近所に同社の役員の家があり、甥御さんとの縁があったことも背中を押しました。何より、幼少期におふくろが持ち帰ってくれたマグロの切り身の記憶や、川で魚を捕ってみんなで喜んだ思い出が蘇ったのです。「魚は人に幸せを届ける仕事だ」と確信し、水産業界へ飛び込みました。
入社した水産業界は、驚きと面白さに満ちていました。当時の業界では、少しのキズや形の違いで平気で魚が捨てられていました。足が8本揃っていないタコを「すしネタ用スライス」として買い取り、捨てられていたモンゴウイカの耳を「竹輪のすり身」として加工業者へ提案し、在庫のスケソウダラを惣菜の白身フライにする。アイデアひとつで捨てられる食材を、お客様の喜ぶ人気商品へと変えていきました。
また、ビアガーデンのオフシーズン対策として、冬場に倉庫を温めてビールと枝豆を提供する企画や、多様な冷凍食品を一手に扱う「大型居酒屋」を開業するなど、従来の常識を打ち破る試みを次々と成功させました。
ビジネスの世界があまりに楽しく、弁護士の倍以上を稼ぎ出せるようになった私に対し、大学の担当教授は「君は起業家として弁護士を使う側になりなさい」と背中を押してくれました。こうして私は司法試験を断念し、お客様の喜びを追求する「商売人」として本格的に歩み始めることとなったのです。


