「地域と生きる金融」へ。城南信用金庫・林理事長が...
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危機下で試される理念——「加害者」として逃げない覚悟と「神7」が紡いだ絆
岩田 彰一郎 2026/10/21
個人向けEC「LOHACO」の共創プラットフォーム「ECマーケティングラボ」には、競合の垣根を越えて日本を代表する消費財メーカーのトップや研究員が集結してくれました。
なぜ多くの競合企業が自社のノウハウやデータをオープンにして集まってくださったのか。それは、私たちが大買主としての力を笠に着てねじ伏せたり、「自分たちだけが儲かればいい」という覇権的な思想を持っていなかったからです。すべてのステークホルダーと対等な関係を築き、社会最適と「三方良し」を実現するという大義があったからこそ、各社が自我を抑えて情熱を傾けてくれたのです。
しかし、その強固な絆と私たちが掲げてきた理念の真価が真に試される瞬間は、突然の試練とともにやってきました。2017年に埼玉県三芳町の大型物流センターで発生した大規模火災です。
鎮火までに12日間もかかったこの事故では、お客様への配送遅延にとどまらず、近隣住民の方々への避難指示や小中学校の野外活動の中止措置など、多大なご迷惑をおかけすることになりました。この極限状態に直面した際、私が自らに課した軸は極めてシンプルでした。
「自己保身に走り、『うちは悪くない』『自分たちも被害者だ』と逃げたり人のせいにしたりするのは、経営者としても人間としても見苦しい。原因が何であれ、まずは地域社会やお客さまに対して『自分たちは加害者である』という認識からスタートし、絶対に言い訳をせず、正面から真摯に向き合うこと」
出火直後から、私は全責任を背負う覚悟を決め、ヘルメットと作業着姿のまま二度の記者会見に臨みました。会社を揺るがす重大な危機においては、トップ自らが誰よりも早く前線に立ち、真っ正面から謝罪と状況報告を行うことこそが経営者の責務だと痛感したからです。
社員たちも総出で昼夜を問わず現地に張り付き、近隣の方々の退避用ホテル手配や避難物資の搬送を続けました。進捗状況も一切隠さずオープンに開示し続けたのです。のちに裁判を通じ、出火原因は外部業者の作業に起因することが判明し、100億円の賠償が認められますが、当時はそうした主張で逃げることは一切しませんでした。
この真摯な対応は、のちに経済誌の『謝罪の流儀』という企画でも取り上げられました。真っ直ぐに危機と向き合った姿勢が、結果として社会的な信頼の再構築につながっていきました。
そして、この試練を乗り越えられた決定的な要因は、日頃から組織の守りを固めてくれていた社内の精鋭チーム、通称「神7(かみセブン)」の存在でした。
法務や広報、人事総務、CFO等からなるこのチームは、平時から外部専門家と強力なネットワークを築いていました。危機が発生してから守りを固めても遅いのです。会社を支え、守ってくれるプロフェッショナルなチームを普段から作っておくことこそが、組織の命運を分けると身をもって実感しました。
彼らは指示を待つことなく、自主的に近隣住民支援や警察・消防との交渉、正確な情報開示へ迅速に動いてくれました。さらに、社外取締役のように耳に痛い真実を突きつけてくれる存在も、トップの正常な判断力を保つために不可欠でした。
こうした現場の対応と「神7」をはじめとする全社員の献身的な動きは、地域社会との関係をも劇的に変えました。
住民説明会に紛れ込んできた記者を「お前たちは関係ない!」と近隣住民の方が追い出してくださったり、鎮火後には農家の方から名産のサツマイモの差し入れをいただいたりしました。地域のご要望もあり、同じ場所に新たな物流センターを再建して雇用を守る中で、強固な信頼関係が芽生えたのです。
さらに、胸が熱くなるような出来事が起こりました。鎮火後、しばらくし落ち着いた頃、ラボに参加してくださっていたメーカーのトップやマーケターの方々が自発的に集まり、「アスクルさんを励ます会」を開催してくださったのです。
「岩田社長を応援するぞ、オー!」「アスクルさん頑張れー!」「全力で応援します! 何でも言ってください、150%やります!」「岩田社長、頑張ってください!」「ロハコでGO!」——。
各社トップからの熱いメッセージと乾杯の音頭、そして惜しみない応援の拍手を目にした時、感謝で目頭が熱くなりました。発注側と受注側という枠組みを超え、互いを心から尊重し合い、社会最適の未来を共に描いてきたからこそ、危機においてこれほど温かいご支援をいただけたのです。あの会は、私の生涯の宝物です。
「自分の側にばかり水を寄せようとすれば、水はすべて逃げていく」という父の教え。
合理性を追求するクールな「ビジネスモデル」と、人や社会への愛に満ちた誠実な「会社モデル」。この両輪をブレずに回し続けていれば、どんな絶望的なトラブルに見舞われたとしても、人は決して一人にはならず、周りから応援され、再び立ち上がることができる。危機下で示されたこの温かい絆こそが、私たちが築いてきた理念の正しさを証明してくれたのだと確信しています。
「良い時は悪い時、悪い時は良い時」――この経験は新たな社会貢献の形ももたらしました。のちに開設した大型センターでは自治体と防災協定を締結。備蓄品を災害時の避難物資として提供し、物流網を仕分け・輸送拠点として活用する体制を整えました。


