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2025

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    世界を魅了するシャインマスカット、その陰にある流通と知財の課題

    世界を魅了するシャインマスカット、その陰にある流通と知財の課題

    「贅沢な甘さ、種なし、皮ごと食べられる」。今やスーパーマーケットや百貨店の果物コーナーを賑わせ、贈答用フルーツとしても選ばれるシャインマスカット。ですが、皆様はシャインマスカットが、実は日本で生まれ、30年以上の年月と数えきれない試行錯誤の末に誕生したことをご存じでしょうか?

    その開発の裏には、研究者たちの情熱と、想像を超える苦労がありました。また、近年ではその人気の裏で流通や知的財産保護といった新たな課題も浮上しています。本記事では、シャインマスカット誕生から、ブームの裏で起こっている流通問題まで解説いたします。

    1. シャインマスカット開発ストーリー

    1-1. 「宝くじより難しい」品種改良の現場

    シャインマスカットの誕生は、1988年、農林水産省果樹試験場安芸津支場(現:農研機構 果樹茶業研究部門)にまで遡ります。日本の気候は湿度が高く、従来のヨーロッパ系ブドウは病害虫に弱く栽培が困難でした。ですが、「日本人の舌に合い、育てやすいブドウを作りたい」という強い想いから、欧米の良さを兼ね備えたブドウづくりが始まったのです。

    現場の研究者は「新品種が生まれるのは宝くじで一等を当てるより難しい」と語ります。実際、交配から選抜、栽培試験、味や耐病性の評価……。気の遠くなるような工程を20年以上かけて繰り返し、ようやく理想にたどり着きました。

    1-2. 親となった二つの系譜

    その要となったのが、「安芸津21号」と「白南」という2つの親品種です。

    • 安芸津21号
      日本の高温多湿にも強く、アメリカ系ブドウ「スチューベン」とヨーロッパ系「マスカット・オブ・アレキサンドリア」を掛け合わせたもの。味だけでなく日本の環境にも強い品種です。
    • 白南
      薄皮で種がなく、皮ごと食べられる特性を持つ「カッタクルガン」の血を引いています。まさに、シャインマスカットの“丸ごと食べられる”という大きな魅力の源です。
       

    この2品種の交配から生まれた実生を、さらに選抜していくことで、「高糖度」「種なし」「皮ごと食べられる」「栽培しやすい」といった理想的なブドウが誕生しました。その名も“シャインマスカット”——、2006年、ついに品種登録され、世に送り出されました。

    2. 圧倒的な人気の理由

    2-1. 食べて驚く“プレミアム感”の正体

    • 糖度20度超の甘さ
      シャインマスカットの平均糖度は20度前後。強い甘みと爽やかな酸味のバランスが取れた味わいです。
    • 上品なマスカット香
      芳醇で華やかな香りが広がり、食欲をそそります。
    • 種なし・皮ごと
      ジベレリン処理という技術によって種を無くし、皮が薄く渋みも少ないため、丸ごと食べられます。手間なく楽しめるので、子どもから高齢者まで幅広い世代に支持されています。

    2-2. 生産者にもメリット大

    • 栽培管理が容易
      黒系ブドウ(巨峰やピオーネ等)に比べ、管理の手間が少なく、病害にも強い。正品率が高く、脱粒も少ないため、ロスが減り、収益性も高まります。
    • 栽培面積は10年で5倍以上に拡大
      2021年には全国で2346ヘクタール、10年前の5倍超。いまや日本の主要ブドウ品種に成長しています。

    3. 主要産地と“本物”を見極める選び方

    シャインマスカットは山梨・長野・岡山・山形が主な産地です。なかでも山梨県は国内生産量の約4割を占めています。昼夜の寒暖差や日照条件が、より甘く美味しい果実を育てます。

    ポイント:美味しいシャインマスカットの選び方

    • 粒が大きく、色ツヤが鮮やか
    • 枝が青々としてみずみずしい
    • 香りが強く、皮のハリがある
       

    通販でも購入できますが、ブランドや産地の明記があるものを選ぶと安心です。

    4. 世界を席巻する一方、流通現場で何が起きているのか

    シャインマスカット人気の高まりとともに、国内外で流通にまつわる課題も噴出しています。

    4-1. 供給が需要に追いつかない

    国内外での需要急増により、生産が追いつかない状況が続いています。特にハウス栽培はコストが高く、希少性もあいまって高値が続いています。スーパーの売上高でもシャインマスカットの比率は年々上昇し、2023年にはブドウ全体の6割以上を占めるまでになりました。

    4-2. 海外流出問題──100億円規模の損失も

    最も深刻な課題が「種苗流出」です。開発者の農研機構が2006年に国内で品種登録したものの、海外での品種登録は見送られたため、中国や韓国で無断栽培・流通が拡大。2020年時点で中国の栽培面積は日本の30倍に達し、現地で「香印翡翠」や「香印晴王」といった名で出回っています。

    問題点

    • 中国産は日本の1/4以下の価格で販売され、品質差も大きい
    • 偽物ブランド商品が日本産と区別しにくく、ブランド価値毀損のリスク
    • 日本からの輸出先で価格競争が激化、正規品の販路が狭まる
       

    「逆輸入」の事例も発生しており、東京税関で差し止められた実例もあります。農林水産省は、毎年100億円規模の損失が生じていると試算しています。

    4-3. なぜ流出は止められなかったのか

    • 当時は海外輸出を積極的に想定しておらず、品種登録を国内のみで行った
    • 販売苗木がホームセンター経由などで海外流出
    • 無断栽培発見後も、現地での権利行使が困難
       

    種苗法改正により、無断持ち出しや自家増殖の制限が強化されましたが、依然として完全な防止には至っていません。

    5. これからのシャインマスカット──ブランドを守るために

    シャインマスカットの流通課題は、日本の農産物全体が抱える「知的財産保護」の縮図ともいえます。今後、国際競争が激化していく中で、次のような取り組みが不可欠です。

    • 海外での品種登録と権利行使の強化
      出願費用や管理体制の拡充、民間との連携
    • 適切なブランド管理
      ライセンス供与や現地生産者との提携も視野に
    • 消費者への啓発
      「本物の日本産」を見分けるポイントや価値の周知

    まとめ

    シャインマスカットは、数十年にわたる研究者の情熱と、日本の気候・食文化への飽くなき挑戦から生まれた奇跡の品種です。そのおいしさと栽培のしやすさで、今や国内外で愛される存在となりました。
    しかし、一方で知財流出や過熱する需要に生産が追いつかないといった課題も浮き彫りになっています。これらの問題を乗り越えるには、“本物”を守るための仕組みづくりと、消費者・生産者・行政が一体となった取り組みが求められます。

    #シャインマスカット#フルーツ#ぶどう#葡萄#高級フルーツ#果物ギフト#贈答用フルーツ#ブランド果物#日本農業

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