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2025

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    再生医療の扉を開いた医師 ― 山中伸弥とiPS細胞の奇跡

    再生医療の扉を開いた医師 ― 山中伸弥とiPS細胞の奇跡

    「皮膚の細胞が、心臓や神経の細胞に生まれ変わる」

    この話を初めて聞いたとき、信じられないと感じた方も多いのではないでしょうか。
    医療や生命科学に大きなインパクトを与えているiPS細胞(人工多能性幹細胞)は、まさに「細胞の時間を巻き戻す」発想から生まれました。その発見者こそ、2012年にノーベル生理学・医学賞を受賞した山中伸弥教授です。
    この記事では、iPS細胞の発見に至るまでの山中教授の歩み、その功績、そしてiPS細胞とは何か、どのように医療を変えようとしているのかを、わかりやすく解説いたします。

    父を救えなかった無力感が、研究への情熱に変わった

    なぜ山中教授は生命科学の道に進んだのでしょうか。それは、「父を救いたい」という思いからスタートしています。
    山中教授が中学生だったころ、父親が仕事中のけがで輸血を受け、その後、原因不明の肝臓病を患ってしまいます。当時はC型肝炎ウイルスの存在すら知られていませんでした。医学部を卒業し臨床医として働き始めた山中教授でしたが、進行する父の病状に何もできず、やがて父は58歳の若さで世を去ります。

    「医師になったのに、父親すら救えなかった」

    この無力感が、山中教授を医学研究の道へと突き動かしました。
    父が亡くなってから1年後、アメリカでC型肝炎ウイルスが発見され、その後25年の研究を経て、ついに特効薬が開発されます。「今なら父は救えたはず」という悔しさと、「研究が未来を変える」という実感が、山中教授の原点なのです。

    「失敗」の連続、その先に生まれた偶然の発見

    「必要は発明の母」といいますが、山中教授の研究人生には"偶然"も大きな役割を果たしています。
    大学院で基礎研究を学んだ後、山中教授はアメリカ・グラッドストーン研究所へ渡り、動脈硬化の研究のためにマウスの肝臓に特定のタンパク質(APOBEC1)を大量に発現させる実験を行っていました。しかし、ある日、マウスの半数が「妊娠しているように見える」との報告が入ります。解剖してみると、そこには胎児ではなく、がん化した肝臓が現れたのです。
    健康になるという仮説とは真逆の、がんになるという結果でした。
    しかしこの「失敗」をきっかけに、山中教授は新たな遺伝子(NAT1)を発見しました。調べていくうちに、この遺伝子が万能細胞(ES細胞)で重要な役割を持つことにも気づきます。
    このように、「思いもよらない偶然」と「諦めない探究心」が、のちのiPS細胞発見へとつながっていきました。

    iPS細胞とは何か?――生命科学における革命的な細胞

    iPS細胞(人工多能性幹細胞)の特徴

    • 皮膚や血液などの体細胞に、特定の4つの遺伝子を導入することで、受精卵に近い「多能性」を持つ細胞に初期化できる
    • ほぼ無限に増やせる
    • 神経、心臓、肝臓、血液など、様々な細胞へと分化できる
    • 2006年にマウスで、2007年にヒトで作製に成功
       

    患者自身の細胞から作れるため、拒絶反応のリスクを大きく低減できる点も画期的です。

    iPS細胞が切り拓く未来――医療への応用例

    • 再生医療
      例えば、目の難病や脊髄損傷、心臓病など、従来は治療困難だった疾患の治療に、iPS細胞から分化させた細胞を移植することで、機能回復を目指す研究が進んでいます。
    • 創薬・病気の原因解明
      患者由来のiPS細胞から臓器の細胞を作り、薬の効果や副作用を試験したり、病気のメカニズムを解明したりすることが可能になりました。これにより、個々の患者に最適な「個別化医療」も現実味を帯びています。
    • 新薬開発のスピードアップ
      例えば、アルツハイマー病やパーキンソン病など、治療法が限られていた難病に対しても、iPS細胞を使ったモデル細胞で薬の候補を効率的にスクリーニングできるようになりました。

    「99.9%間違いだと思った」──iPS細胞誕生の舞台裏

    iPS細胞の発見には、地道な努力と「チーム力」も不可欠でした。
    2004年ごろ、山中教授の研究室が万能細胞に関連する24個の遺伝子候補を絞り込み、最終的に4つの遺伝子が鍵であることを突き止めます。最初の成功例はマウスでしたが、その瞬間、山中教授自身は「99.9%何かの間違いだ」と疑いました。なぜなら、研究室には既存のES細胞もあったため、混入による誤判定を疑ったのです。
    何度も何度も実験を繰り返し、ついに確信へ。そして2007年にはヒトの細胞でもiPS細胞の作製に成功し、世界中に衝撃を与えます。
    この快挙は、学生や若手研究者の力、異分野の研究者との交流、そして「失敗を共有する文化」なくしては成しえなかった、と山中教授は語っています。

    iPS細胞とES細胞の違い――なぜiPS細胞が注目されるのか

    ES細胞は受精卵から作られる細胞で、どのような細胞にも分化できるという大きな特徴があります。しかし、ES細胞を得るためには受精卵を破壊する必要があり、これが倫理的な大きな課題となっています。また、他人の細胞を移植する場合には拒絶反応が起こるリスクも伴います。

    一方、iPS細胞は皮膚や血液など、患者自身の体細胞から作ることができます。そのため、受精卵を使わずに済み、倫理的な問題が小さくなります。また、自分自身の細胞をもとに作られるため、拒絶反応のリスクも低減されます。こうした理由から、より多くの人に再生医療を提供しやすいという実用的な利点もあります。このように、iPS細胞は倫理的なハードルの低さと実用性の高さが大きな強みとなっており、大きな注目を集めています。

    医療現場への実装と今後の課題

    iPS細胞は、まだ「臨床試験」という段階にありますが、既に目の難病治療や脊髄損傷の修復などで初の移植手術が行われています。
    今後5年、10年で、より多くの患者さんの治療に役立つ可能性が高まっています。
    一方で、研究成果を社会に広げるには、大学や研究機関だけでなく、製薬企業などとの連携が不可欠です。
    日本で生まれたiPS細胞の技術を、誰もが使える価格で広めるため、山中教授は「iPS細胞研究財団」を設立し、企業との橋渡し役も担っています。
    さらに、健康寿命を延ばす医療、予防医学への応用など、「病気になってから治す」から「病気を未然に防ぐ」医療への転換も期待されています。

    まとめ

    iPS細胞の発見は、「必要性」と「偶然」、そして「諦めない情熱」が生んだ奇跡です。
    そして何より、「細胞の可能性を最大限に引き出す」iPS細胞は、今後の医療や生命科学を根底から変える力を持っています。

    「治らない病気は必ず治せる時代がやってくる」

    そう信じて、日々研究に挑み続ける山中教授と多くの研究者たち。その挑戦が、私たち一人ひとりの未来をより豊かにしてくれるはずです。

    #iPS細胞#再生医療#バイオテクノロジー#医療イノベーション#山中伸弥#幹細胞#医学研究#創薬#医療技術#医療の未来

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