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2026

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    最年少で人間国宝となった十四代今泉今右衛門──雪の結晶に込めた革新と伝統の物語

    最年少で人間国宝となった十四代今泉今右衛門──雪の結晶に込めた革新と伝統の物語

    伝統は、過去をそのまま守ることではなく、時代のなかで静かに姿を変え続けるもの──そう語る陶芸家がいます。

    有田焼の名窯、今右衛門窯の十四代当主・今泉今右衛門氏は、そのような信念のもとで、色鍋島の美を現代に伝えています。2014年、51歳という陶芸分野史上最年少で人間国宝(重要無形文化財保持者)となりました。

    どのようにして、その偉業を成し遂げたのでしょうか。そこには、370年を超える家の伝統と、自身の体験に根ざした葛藤と発見、そして“感じる心”を大切にする独自の歩みがありました。

    雪の結晶に導かれた“ものづくり”の原点

    今泉今右衛門氏が語る“忘れがたい情景”は、学生時代の雪の夜でした。友人と雪見酒に出かける途中、ふと街灯の下で空を見上げると、漆黒の夜空に降る雪が、光に吸い込まれるように舞っていた。その瞬間、胸の奥を震わせるほどの感動に包まれたといいます。

    幼いころから絵を描くことやものづくりが好きで、美術大学に進学した今右衛門氏。しかし、当時は「何かを生み出したいのに、自分の内側から湧き出る思いがない」と苦しみ、空回りしていたそうです。そんな時に出会った雪の情景が、彼の創作の核となる“感じる力”を目覚めさせました。

    「この感動をいつか作品に昇華したい」

    その思いが、のちに“雪の結晶”をモチーフとした作品群を生み出す原動力となっていきます。

    “跡継ぎ”であることへの葛藤と独自の道の模索

    今右衛門氏の家は、有田焼の名窯・今右衛門窯です。江戸時代より将軍家や大名への献上品である「色鍋島」の上絵付けを担い、明治以降は全工程を担う名窯として知られます。十三代の父も人間国宝に認定された名工。しかし、十四代は次男として生まれ、「自分が当主になることはない」と思っていました。進学先も父や兄とは異なる道を選び、陶芸ではなく金工を専攻。「父や兄と同じことは絶対にしたくなかった」と振り返ります。

    卒業後はインテリア販売会社で社会経験を積み、その後、前衛陶芸家・鈴木治氏に師事します。鈴木氏からは「陶芸は自然の素材と向き合う仕事。人間の力だけで押さえつけるものではない」と教えられました。この“自然の力を受け入れる”姿勢が、のちの創作に大きな影響を与えます。

    家に戻った後、兄から「自分は販売を担当するから、作る方は弟に任せる」と託され、思いがけず当主となることが決まります。今右衛門氏は、当時の心情を「突然のことで戸惑いもありましたが、家族の思いを受けて、自分なりの新しいものを生み出さなければならない」と決意した瞬間だったと語ります。

    「伝統は相続できない」──独自の美を求めた20年

    今右衛門窯が守り続ける「色鍋島」は、端正な形と精緻な模様が特徴です。しかし、その伝統技術は師匠が手取り足取り教えるものではありません。

    今右衛門氏は、父の言葉をこう振り返ります。「父は生前、伝統は相続できない、とよく言っていました。伝統とは、その時代を生きる者が一生懸命に仕事に取り組む中で、自ら気づき、見出していくものだと。だから父は私の制作にあまり口を出さず、見守ってくれました」。技術も自分で学び取るもの。失敗や試行錯誤の積み重ねこそが、真の伝統を生むのだと語ります。

    当主となった彼は、作品作りに没頭します。最初の大きな転機は、「墨はじき」という技法との出会いでした。これは、磁器の素地に墨で模様を描き、その上から絵具を塗ると、墨に含まれる膠が絵具を弾き、焼成時に墨が飛んで白抜きの模様が現れるというものです。

    また今右衛門氏は、父が現代的表現を追求して確立した「薄墨(うすずみ)」の技法を組み合わせ、グラデーション豊かな背景を作るようになります。

    この技法を用い、20年以上かけてあの雪の情景を作品として表現することに成功しました。それが「色絵薄墨墨はじき雪文鉢」です。濃淡のある薄墨を背景に、端正な線で描かれた雪の結晶が浮かび上がり、わずかに青みを帯びた釉薬やプラチナが繊細な輝きを添えています。雪の結晶は、鍋島様式の均一できっちりした線だからこそ表現できたと語ります。

    “個性”としての伝統──職人たちの技と心

    今右衛門窯の伝統は、単なる技術の継承ではなく、職人たちが日々ともに作業し、技と心を磨き合う中で生まれる“個性”にあります。

    「職人の代々の仕事の積み重ねがあるからこそ、私も制作ができている。人間国宝の認定も、私個人ではなく、職人たちの仕事への評価だと感じています」

    実際、今右衛門窯には20人を超える職人が分業で専門技を発揮し、赤絵の調合などは一子相伝の門外不出。口伝が基本で、数字だけでなく“ニュアンス”を伝えることが大切だと言います。原料の保存状態や水分量によって微妙に調整しなければならないからこそ、記録だけに頼らず、体得することを大切にしているのです。

    また、雪の結晶もパソコンで描けば完璧な形になりますが、「人間の手で一生懸命描く微妙なズレやムラが美しさを生み出す。それを“求めすぎてはいけない”というのもまた、口伝で受け継がれる感覚です」と語ります。これこそが、日本的な美の奥深さなのかもしれません。

    伝統と革新、その先にある有田焼の未来

    2011年には「色絵雪花薄墨墨はじき四季花文花瓶」で新たな技法「雪花墨はじき」を確立し、さらに独自性を高めました。そして2014年、陶芸家としては史上最年少で人間国宝に認定され、「色鍋島の技法を中心としながら、墨はじきやプラチナ彩を加え、独自の作風で色絵磁器の表現に新生面を開いた」と高く評価されました。

    その後も、焼き物の透明感に新鮮な魅力を感じるようになり、照明がLEDに変わった時代の変化さえも作品に取り入れ、繊細な表現を追求しています。今右衛門氏はこう語ります。「時代の空気は自然と作品に宿る。私は今を生きているからこそ、現代の美を体現できるのだと思うようになりました」。

    若い世代へのメッセージとして、今右衛門氏は次のように語ります。「いろいろなことを体験してください。理解できない体験が、時を経て深い理解につながる。それが人生において非常に大切だと思います」

    変わり続けること──最年少人間国宝の矜持

    今右衛門窯は、370年以上もの間、時代ごとに新たな価値を生み出してきました。

    「有田は100軒の窯が100通りの多様性で新しいものを生み出してきた町。そのDNAが今も生きている。これからは今の20代や30代の感覚が、グローバルに通用する新しい有田を生み出すはずです」

    今右衛門氏は、伝統に甘んじることなく、常に現代の空気と向き合い、革新を恐れません。その根底には、雪の結晶に吸い込まれるような“感じる心”と、人との関わりを大切にする謙虚な姿勢があります。

    最年少で人間国宝となった彼の歩みは、伝統工芸に携わる人々だけでなく、すべての「新しさを模索する人」に大きな示唆を与えてくれるのではないでしょうか。

    「伝統は、守るものではなく、常に新しく生まれ変わるもの」

    その言葉を体現し続ける今右衛門氏と有田の町は、これからも未来へと歩みを進めていくことでしょう。

    #有田焼#伝統工芸#人間国宝#色鍋島#今右衛門窯#今泉今右衛門#陶芸#日本の美

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