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三顧の礼と「壁」の存在——アスクル誕生前夜、流通支配への挑戦
岩田 彰一郎 2026/10/13
ライオンでの仕事に大きなやりがいを感じ、会社や仲間のことも大好きだった35歳の時、私の転機は訪れました。
学生時代からの先輩であり、文具大手・プラスで大ヒット商品「チームデミ」を生み出した今泉公二さん(のちに同社社長)から、強い誘いを受けたのです。当時は私自身も「フリー&フリー」のヒットを経験し、お互いにマーケティングの第一線で実績を重ねながら、よく顔を合わせては熱く語り合っていました。「一緒に新しいものづくりをやろう」——そう声をかけてもらったのです。
当初はライオンへの愛着から、丁重にお断りしていました。しかし、今泉さんは諦めず、実に3度も私のもとへ足を運んでくれました。いわゆる「三顧の礼」です。そこまで自分を必要としてくれる情熱に、私の心は動かされました。
当時はまだ「一生一つの会社に尽くす」という終身雇用が当たり前の時代です。両親に相談すると「忠臣は二君に仕えず」と激しく叱られました。ライオンの仲間たちにも引き留められ、涙を流して別れを惜しまれました。しかし、このまま大企業に留まれば、商品開発の仕事を続け、あと10年、あるいは20年ほど経験を積んだ先に、役員になったり、経営に携わったりする可能性もありました。ただ、私にとって、20年という時間は長すぎるように感じたのです。
「もっとダイナミックに、組織や仕組みそのものを動かすような仕事に挑戦してみたい」
そう考え悩み抜いた末、私は35歳でプラスへの移籍という決断を下しました。
プラスに入社後、私は文具事業の副本部長(本部長は今泉さん)に就任し、世界に通用する革新的な商品を開発すべく、取り組みました。ニューヨーク近代美術館(MoMA)に置かれるようなデザイン性の高い文具や、奇抜なアイデア商品も魅力的ですが、私はライオン時代に培った「生活者の役に立つ、高品質でベーシックなものづくり」を、文具の業界でも体現したいと考えていたのです。
こうして開発したのが、「新基礎文具(の「Tree's」シリーズ)」でした。いつでも角で消せる「エアイン消しゴム」や、圧倒的に切りやすいハサミなど、機能性を追求しながら価格も手頃に抑えた商品群です。消費者調査でも非常に高い評価を獲得し、私たちは強い手応えを感じていました。
ところが、蓋を開けてみると、この渾身の新商品はまったく売れませんでした。
理由を徹底的に追及すると、衝撃的な事実に行き当たります。商品がダメで売れないのではなく、そもそも全国の文具店の大半に「商品が置かれてすらいない」という現実でした。マーケターとして、店頭でお客様の手に取ってもらった上で選ばれないのであれば、諦めもつきます。しかし、お客様の目に触れることすらできずに市場から消えていくのは、到底納得できるものではありませんでした。
なぜ商品が店頭に並ばないのか。その裏には、当時の文具業界を支配していた「ガリバー」コクヨの強固な流通網(流通支配)が存在していたのです。
家電における「松下ショップ」や化粧品の「花椿会」がそうであったように、20世紀の日本のビジネスにおいて市場を制したのは、強力な系列代理店ネットワークを持つ「流通支配型」の企業でした。コクヨは全国の文具店に看板を掲げさせ、「総括店」と呼ばれる極めて強固で独自の販売店組織を構築していました。毎年開催される会合では、売上順に座席が指定されるほどの強力なインセンティブと序列が存在し、販売店にとっては他社製品(ましてや安くて高品質なプラスの新基礎文具)を扱うメリットが薄かったのです。プラス製品を置けば、コクヨの売上が減り、お店の業界内での立場すら脅かされかねない業界構造になっていました。
かつてライオン時代、直販体制で合理性を徹底追求する花王に対して、従来の問屋網との関係を重視したライオンが市場を奪われていった光景が、私の脳裏をよぎりました。
「経営とは、勝てる構造を作ることである」
流通を制するものが市場を制する。かつての巨大企業が築いた流通支配の壁、そして現代で言えばGAFAMが情報支配によって市場を独占している構造と同じ巨大な壁が、私たちの前に立ちはだかっていたのです。
既存の流通網という「壁」がある限り、どれほど素晴らしい商品を作ってもお客様には届かない。ならば、既存の流通支配を破るための、全く新しい「お客様と直接つながる流通の仕組み」を自分たちの手で創り出すしかないのではないか——。
新基礎文具の敗北と、巨大な流通の壁への絶望。この挫折こそが、のちに日本のオフィス環境を激変させる「アスクル」という未知のビジネスモデルを生み出す、最大の原動力となったのです。


