「検討はやめて、まずやってみろ」——開業25周年...
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「誰の言うことも聞かない」子供が、自ら責任を取る覚悟を持つまで——放任という名の最高の信頼
日覺 昭廣 2026/06/06
三木の田舎で育った日々を振り返ると、あの環境がかえって良かったのだとしみじみ感じます。もし幼い頃から「あれをしろ、これをしろ」と細かく指示されていたら、私はおそらく猛烈に反発していたでしょう。
私の性格を象徴する、今考えても不思議なエピソードがあります。高校時代、私は親に「オートバイが欲しい」とねだりました。普通なら、親は「免許を取ったら買ってやる」と言うはずです。ところが私の両親は、免許も持っていない私に、先にオートバイを買い与えてくれたのです。
私は、16歳になってもうすぐ免許を取るので、その時までに欲しいと言ったのだと思いますが、今でも「なぜ、あの時あんなに簡単に買ってくれたのか」と自問することがあります。おそらく、私が何かを「やりたい」と言った時の熱量に、親も負けていたのかもしれません。実は5歳になる前にも、欲しいものを買ってもらえなければその場で寝転がって動かないような、強情な子供でした。親にしてみれば、「こいつは一度言い出したら聞かない」と半ば諦めていたのかもしれません。しかし、そうやって興味を持ったものに対して無条件に背中を押してくれた経験が、私の中に「自分のやりたいことを貫く」という強い意志を育てたのは間違いありません。
以前も述べましたが、高校3年生の時、突然「東京の駿台予備校に行く」と言い出した時もそうでした。私が「今から行ってくる」と伝えると、父は慌てて「仕事は今日はやめて、俺がついていってやる」と、新幹線で東京まで同行してくれました。私は「電車に乗れば着く」としか考えていない無鉄砲な性格でしたが、父は、突拍子もない行動を取る息子を心配しつつも、決してその決断を否定することはしませんでした。
私は昔から、自分でも呆れるほど「誰の言うことも聞かない」人間でした。自然とそうなったのです。誰かに言われたからやるのではなく、自分が「正しい」と思い、心から納得したことしかやりたくない。その代わり、自分で考えて決めたことなら、どんな結果になっても自分で責任を取る。この自律の精神は、子供の頃から一切変わっていません。
世の中には「人と違うことをしたい」と奇をてらう人もいますが、私の場合は少し違います。人と違うことをしたいわけではなく、常に「本質的なことは何か」を追い求めたいだけなのです。そのためには、周囲の意見に流されるのではなく、自分の頭で徹底的に考え、理解することが不可欠です。
「言われてやる」仕事には、自分の意志が入りません。自分が納得し、心底理解していなければ、本当の意味で力を発揮することはできないのです。幼少期に培われたこの「変わりもん」の気質こそが、後に東レという巨大な組織を動かし、困難な経営判断を下していく際の揺るぎない土台となりました。
振り返ってみれば、私の基本的な考え方は子供の頃にすでに出来上がっていました。その後、どれだけ歳を重ねても、本質を問い、自ら責任を持って行動するという私の「原石」は、磨かれこそすれ、形を変えることはありませんでした。親から授かった「最高の放任」という名の信頼が、今の私を作ったのです。


