「検討はやめて、まずやってみろ」——開業25周年...
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「安物」を退けるエンジニアの誇り——異国で貫いた「原理原則」と、すき焼きに込めたリーダーの覚悟
日覺 昭廣 2026/06/09
1989年、私は40歳でアメリカのロードアイランド州に赴任しました。ソニーや富士フイルムが現地生産に乗り出す中、東レもフィルム工場の立ち上げを急いでいた時期です。そこで私を待ち受けていたのは、異文化の洗礼以上に、日本の本社上司との激しい意見の対立でした。
現地に先行して入っていた担当者は、「生産ラインを一式まとめて買えば安上がりだ」という理由で、あるメーカーが作った設備一式の導入を進めていました。しかし、そのラインを技術者の目で見れば、明らかにガタガタの「安物」です。私は「そんなものを使えば必ず失敗する。絶対にダメだ」と猛反対しました。
私が提案したのは、岐阜や三島での工場改造で培った最先端の技術を盛り込んだ、独自の設備を組むことでした。上司からは「ライン一括購入の方が効率的だ」と強く反対されましたが、私は一歩も引きませんでした。なぜなら、設備の中身を徹底的に分析し、何が成功の鍵かを原理原則から理解していたからです。最後は上司と喧嘩腰の議論になりましたが、私は自らの確信を貫き、思い通りの設備をアメリカに作りました。結果として、そのラインは素晴らしい数字を叩き出しました。後になって、その上司からも「あの時は君の言う通りにして良かった」と言われましたが、確固たる事実に基づいて闘ったからこその結果だったと感じています。
設備一つをとっても、安易に「大きなもの」「既製品」を選んではいけません。アメリカでは粉砕機(フィルムを細かく砕く機械)の能力不足が課題で、ある担当者はメーカーが勧める幅2メートルの巨大な機械を導入していました。しかし、私はこれは設計に問題があると思いました。粉砕機はコンマ何ミリというカッターの隙間でフィルムを切る繊細な機械です。幅が2メートルもあれば、どうしても軸が「たわんで」しまいます。そのわずか数ミリの歪みが摩擦熱を生み、フィルムを溶かして大きなトラブルを引き起こす。アメリカではそんな故障が頻発していました。
私は回転数と径、そしてたわみの関係をすべて計算し、幅は1メートルに抑え、代わりに径を大きくしてカッターの数を増やす設計を、メーカーにやり直させました。原理原則を考えれば答えは明白なのです。「大きい方がたくさん処理できて良いだろう」という安易な思い込みを排除し、事実に基づいた設計を行う。これがエンジニアとしての、そして経営者としての私の矜持です。
一方で、異国の地で働く仲間を「燃える集団」にすることもリーダーの大切な役割です。当時、日本から20名ほどの応援メンバーや業者が現地に来ていました。彼らは娯楽もない場所で、慣れない環境に身を置いていました。私は毎月、自邸に全員を招いて「すき焼きパーティー」を開きました。
飲み物は各自の持ち寄りですが、牛肉や具材はすべて私が自腹で用意しました。1回の建設プロジェクトあたり100万円近い出費になったと思いますが、リーダーが身銭を切って、皆でカラオケを歌い、同じ釜の飯を食う。そんな団結の場があったからこそ、あの過酷な立ち上げを乗り越えることができたのです。
その後、私はフランスでも工場建設を指揮しましたが、アメリカとは全く異なる文化に直面しました。フランス人は教育課程で「人と同じであってはいけない」と教え込まれるため、10人いれば10人が違う意見を言います。工場の色一つ決めるのにも収拾がつかない。そこで私が学んだのは、彼らが「専門家」や「権威」に非常に弱いという事実でした。
「産業心理学者が選んだ色だ」「日本から呼んだドクター(博士)が導き出した結論だ」と説明すると、あれだけ反論していた彼らがコロッと納得する。論理だけでなく、相手の文化的な背景や「拠り所」を理解すれば、交渉は格段にスムーズになります。
海外での経験を通じて私が痛感したのは、日本人が抱く「劣等感の裏返し」です。昔の日本には、右側通行の日本でわざわざ左ハンドルの高級車を自慢げに乗る人が大勢いました。しかし、イギリスに行けば、彼らは自国の交通ルールに合わせて堂々と右ハンドルのベンツに乗っています。「海外のものが常に正しい」と思い込み、ルールを守ることばかりに必死になる日本に対し、欧米は自分たちに有利な「ルールを作る」ことに長けています。
グローバル化とは、一つの「スタンダード」に全員を合わせることではありません。それぞれの国には異なる文化、経済、慣習があります。真のグローバル経営とは、それらの違いを前提とした上で、泥臭い交渉をいとわず、自らの論理を主張し、最適な解を見出していくプロセスそのものなのです。


