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2026

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    「100年の節目に誓う、エコロジーとエコノミーの両立」——東京木工所と西武信用金庫が紡ぐ、次世代へ繋ぐ持続可能な“木の循環”

    「100年の節目に誓う、エコロジーとエコノミーの両立」——東京木工所と西武信用金庫が紡ぐ、次世代へ繋ぐ持続可能な“木の循環”

     中野区に本店を構える西武信用金庫。同金庫が掲げる「課題解決型金融」の真価は、企業の成長期だけでなく、最も苦しい逆境の時にこそ発揮される。数字の審査だけでは見落とされてしまう、経営者の覚悟や事業の社会的価値。それらを深く見つめ、文字通り「一生の伴走者」として苦楽を共にする姿勢こそが、同金庫の伴走型支援の本質だ。

     今回スポットを当てるのは、関東大震災の翌年の創業から数えて100周年という偉大な節目を2024年に迎えた、東京都渋谷区恵比寿の株式会社東京木工所。同社は、時代に合わせて卸売業やリサイクル事業などへ柔軟に形を変えながら、文字通り「木とともに」歩んできた老舗企業だ。

     カリスマ経営者だった先代から、準備も十分にないまま「代打」のような形で急遽トップに就任した代表取締役の栗原能子氏。事業の承継と立て直し、直面する二つの課題を、伴走する西武信用金庫とともにどのように乗り越えたのか。そして、同金庫が提供したプラットフォームが、経営者の視座をどう進化させたのか。栗原社長と、西武信用金庫の鈴木佑氏が、激動の軌跡と未来への展望を語り合った。

    100年の歴史が育んだ「木とともに」歩むDNAと、予期せぬ事業承継

    100周年おめでとうございます。これほど長く会社を継続されてきた秘訣はどこにあるとお考えですか。

    東京木工所 栗原社長: 私が回答するのもおこがましいのですが、連綿と繋いでくださった先人たちのおかげで今があります。当社の名刺には 「木とともに。」 という言葉を添えていますが、我々の成長や世の中へのお役立ちの傍らには、常に「木」という素晴らしい素材がありました。振り返れば、 その時々に求められていた社会のニーズに合わせて、自分たちのお役立ちの中身を追求し、柔軟にシフトチェンジしてきたこと が継続できた要因だったと感じています。

     創業期は関東大震災の翌年、そして第二次世界大戦後と、復興や都市化・住宅のための木材需要が非常に大きい時代でした。その後、父の世代になると、木造からRC(鉄筋コンクリート)造へと建築の主流が変わっていきました。それに伴い、当社もRC造を建てるための建築資材としての木材へと、大きく舵を切りました。

    栗原社長は、もともと経営者になる準備をされていたのでしょうか。

    東京木工所 栗原社長: いいえ、まったくそのつもりはありませんでした。本来は兄が後を継ぐ予定で、副社長としてご挨拶も始めていましたが、検査入院で腎機能の低下が指摘され、体力的に経営は難しいという状況になりました。私はもともと社内で総務や経理を担当していましたが、経営の心構えも志も足りないまま、 代打のような形で社長を引き受けることになった のです。

     実際にトップに立ってみると、会社で働くことと経営することは全くの別物でした。時間が経てば経つほど、「なんて重大なことを引き受けてしまったんだ」と、最初の3年ほどは葛藤と不安、空回りの連続でした。

     そんな中で私の心の拠り所となったのが、 「会社は公の器(公器)である」 という考え方でした。社会の役に立つ存在だからこそ、持続していかなければならない。会社が利益をいただけるということは、お役に立てている証拠です。実は私が交代した時期は、会社が非常に厳しい状況にあり、「今はお役に立てていないのだ」という事実を痛感させられるスタートでもありました。

    どん底の「事業の立て直し」を支えた信頼。足並みを揃えてくれた安心感

    就任直後の業績不振から、どのようにして事業の立て直しを成し遂げられたのでしょうか。

    東京木工所 栗原社長: 先代が進めていた再生ボード事業の品質安定化が難しく、大きな赤字を出してしまい、非常に難しい経営状況に陥っていました。既存事業の見直し、立て直しが必要となり、金融機関の皆様のご協力を得て、再生に向けた計画を策定することになりました。

     本当に当時は精神的にも追い詰められていました。計画がなかなか通らず、最後のチャンスだった3回目に提出する際は、何が何でも通さなければとご支援、ご指導をいただきながら、必死に机に向かっていたのを覚えています。

     そのような極限状態のなかで、西武信用金庫さんの存在は本当に大きかったです。ほかの金融機関と一緒に条件をすべて凍結し、対応してくださいました。資金繰りの足並みをしっかりと仕切ってくださったおかげで、私は事業の立て直しに集中することができました。

    ほかの金融機関との対応で、違いを感じる部分はありましたか。

    東京木工所 栗原社長: 業績が傾くと、多くの金融機関は営業部隊から審査や回収の部署へと窓口が変わり、金融機関によっては対話の内容も機械的なものになりました。しかし、 どんな状況になっても、最初から最後まで全くスタンスを変えずに寄り添い続けてくれたのは西武さんだけ でした。私の実力不足で他行とのやり取りに苦戦していた時も、常に味方でいてくれるという絶大な安心感がありました。

    西武信金 鈴木様: 歴代の担当者が築いてきた関係性もありますし、地元に根付いた100年企業をここで絶やすわけにはいかないという強い想いが金庫全体にありました。形は変わりつつも、「この地元を守っていくぞ」というお客様の気持ちに、信用金庫としてどうお手伝いできるかは常に考えています。

    「経営者の視座」を変えた、SDGsセミナーとの出会い

    西武信用金庫様とのコミュニケーションのなかで、特に印象的だったエピソードはありますか。

    東京木工所 栗原社長: とにかくコミュニケーションの量が圧倒的に多いです。そして常にフットワーク軽く伴走してくれます。私が社長になったばかりの頃、経営的な視点での決算書の読み方も、未来の描き方も分かっていなかったのですが、西武さんはいつでもウェルカムな姿勢で相談に乗ってくれました。

     そして何より、視野が狭く内向きだった私を、 さまざまなイベントやセミナーの機会を提供して、外の世界へと連れ出してくれたこと が転機になりました。

     特に印象深かったのが、約8年前に西武さんの本店で開催されたSDGsのセミナーです。当時はまだ髙橋理事長が就任される前でしたが、そのセミナーでのお話が本当に心に響きました。持続可能な社会のために、 「私たちの子供や孫、次のジェネレーションに何を約束できるか」 という視点に衝撃を受け、視界が開けたように思いました。

    その出会いが、経営にどのような影響を与えたのでしょうか。

    東京木工所 栗原社長: それまでは「とにかく会社を守らなければ」という責任感だけで走っており、自分がこの会社で本当にやりたいことを見つけられずに壁にぶつかっていました。しかし、SDGsの考え方に触れたことで、 「木を活かして、木の価値を見える化する」という、自分が次の100年に向けて全力で取り組みたいビジネスの軸(理念) を見つけることができたのです。

     もしあのタイミングで西武さんにセミナーへ誘っていただけていなかったら、会社の成長はもとより、持続可能なんて言っていられない状態になっていたかも知れません。私の経営者としての進むべき方向性を教えてくれた、大切なきっかけです。

    西武信金 鈴木様: 私たち信用金庫は、支店だけでなく本部にも豊富なリソースを準備しています。栗原社長が参加してくださった「100年企業の会」や「女性後継者の会」といったコミュニティもその一つです。日頃から密に連絡を取り合っているからこそ、「実は今、こういうことが課題なんだよね」という本音をキャッチでき、それに対する最適なツールや補助金、セミナーをご提案できるのだと考えています。

    「女性経営者」としての葛藤と、温かいプラットフォームの価値

    「女性後継者の会」のお話が出ましたが、同じ立場だからこそ共有できる悩みもあったのでしょうか。

    東京木工所 栗原社長: おっしゃる通りです。私のように準備なく突然跡を継ぐケースは女性に比較的多いですし、何より仕事と家庭、子育て、そして親のケアといったプライベートの間で、引き裂かれるような葛藤を抱えている方が多くいらっしゃいます。

     私自身、娘が小学校の時期に社長になったので、当時は本当に公私のライン引きに悩みました。定時に仕事を終えられず、時には会社の年配の社員に「おじいちゃんだということにして」と娘のお迎えを頼んだり、会社に連れてきて待たせたり。周りから「公私混同だ」という声が聞こえて反省し、どうすればみんなが違和感なく働けるか、常に模索していました。

     そうした女性ならではのリアルなやりくりや悩みを、安心して共有し、エンパワーメントし合えるプラットフォーム をいち早く立ち上げられた、髙橋理事長の先見の明に敬服と感謝しかありません。中小企業の小さな会社の応援団として、このような場を設けてくださるホスピタリティには深く共感しますし、尊敬しています。

    西武信金 鈴木様: 髙橋理事長がいつも大切にしているのは、事業の数字の話よりも、「いかに誰かに喜んでもらえるか、地域に貢献できるか」という視点です。お客様と金融機関という境界線を越えて、パートナーとして一緒になって頑張っていこうと思える存在になること。それこそが、私たちが目指す伴走支援の形です。

    エコロジーとエコノミーの両輪を回す、これからの100年

    最後に、これからの100年に向けた東京木工所様のビジョンを教えてください。

    東京木工所 栗原社長: 私が強く思い描いているのは、 「エコロジー(環境)」と「エコノミー(経済)」の両輪を正々堂々と回すビジネスモデルの確立 です。環境への取り組みを単なるボランティアや大企業のCSR(社会的責任)で終わらせるのではなく、小さな会社であっても「適正なライセンスを持ち、環境に資する事業をしている企業が、ビジネスとしてしっかり稼げる世の中」にしていきたいのです。

     かつては「木を切る=環境破壊」というネガティブなイメージを持たれることもありましたが、木はより良く活用し、適切に再造林することで循環する素晴らしい資源です。当社は長年RC造の木質建材を扱ってきましたが、東日本大震災の被災地を訪れた際、津波に流されず空間として残っていたRC造の頑丈さを目の当たりにし、その安心・安全を実現する型枠としての木材の価値を再認識しました。

     これからは、森林認証材などのライセンス木材や国産材を型枠に使い、役目を終えた後はチップにしてマテリアルリサイクルし、二酸化炭素を長期固定する という、持続可能なサイクルを前面に押し出していきたいと考えています。木造かRC造か、ではなく、RCと木材の「いいとこ取り」をしながら、業界全体を盛り上げていきたい。やった分だけしっかりとリターンが得られる仕組みを構築し、次のジェネレーションへのメッセージとして残せる仕事を、現在西武さんと一緒に準備しています。

    西武信金 鈴木様: 栗原社長が次にどのようなことに挑戦していきたいのか、どんな未来を描いているのか、その会話を絶やさないことが何より大切だと思っています。東京木工所様がこれから進まれる新しい挑戦に対して、当金庫が持つリソースを全力で提供し、足りない部分は共に考え、新しい支援の形を作っていきます。次の100年も、一番近い存在として、しっかりとその背中を押し続けてまいります。

    東京木工所はこちら

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