アメックスのDNA──信頼・サービス・挑戦が生む...
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「日用品メーカー」からの進化。エステーが描く「ウェルネス・カンパニー」への挑戦と、従業員全員で踏み出す「実験」の一歩
ビジョナリー編集部 2025/12/03
「消臭力」や「ムシューダ」など、数々のロングセラーブランドで人々の暮らしに寄り添ってきたエステー株式会社。2023年に代表執行役社長に就任した上月 洋氏は、約80年の歴史を持つこの企業を、新たなステージへと導こうとしている。社長就任直後から始動した「100日プロジェクト」、社員と共に創り上げたパーパス、そして「日用品メーカーからウェルネス・カンパニーへ」という未来像。改革を推し進める上月社長に、その真髄と未来への展望を伺った。
社員と共に描いた未来図。「100日プロジェクト」から始まった改革
社長に就任されて初めに着手されたことは何ですか。
私が社長に就任してまず考えたのは、自分の考えだけで会社の舵取りをするのではなく、社員や役員、社外取締役といったステークホルダーの皆を巻き込んで、これからのエステーの方向性を定めようということでした。
すぐに「100日プロジェクト」というものを立ち上げ、100日間という期間を設けて、社内外の様々な人々と徹底的にディスカッションを重ねました。このプロジェクトを通じて、それまで社外に公表していなかった中期経営計画を策定・開示することを決定しました。この100日間の議論が、現在の経営の礎となっています。
「社是と社名以外は変えていい」創業者から託された改革のバトン
社長になられた際、どんな視点の転換があったのでしょうか。
社長就任にあたり、創業家の方々に「何を守り、何を大切にしてほしいか」と尋ねました。返ってきた答えは意外なものでした。
「社是である『誠実』と経営理念、そして会社の名前を変えるなら相談してほしいが、それ以外は自分たちで考えて決めなさい 」と。
その言葉に背中を押されました。私たちの会社の歴史や想いは、社是や経営理念に凝縮されています。それらを土台としながら、未来の姿は自分たちで創り上げていくべきだと覚悟が決まりました。
当時の社内には、真面目で誠実な社員が多い一方で、どこか安定志向で、飛び抜けた挑戦を推奨する文化が根付いていないという課題がありました。長年、創業家が会社を支えてきた安心感からか、「チャレンジしなくても会社は安泰だ」という空気があったのかもしれません。
しかし、私一人のアイデアや判断力には限界があります。だからこそ、 「全員経営」 を掲げました。社員全員でアイデアを出し、戦略を立て、実行していく。たとえ失敗したとしても、その都度修正すればいい。幸い、当社には失敗を恐れずに挑戦できる基盤があります。この「失敗を恐れない企業文化」を醸成することが、私の最初のメッセージでした。
会社の存在意義を示すパーパス「こころに響くアイデアで、ふとした瞬間を、ふふっと笑顔に。」を社員と共創
エステーの経営において、最も大切にされている価値観は何でしょうか。
「お客様第一」という視点は非常に重要ですが、その解釈は人によって様々です。そこで、全社員が共有できる明確な指針として、パーパスを策定することにしました。これも広告代理店などに丸投げするのではなく、社員自身の手で創り上げることにこだわりました。
全社員へのアンケートや、お取引先様へのヒアリングを実施し、「エステーらしさとは何か」「どこへ向かうべきか」という問いを突き詰めました。社内外から本当に多くの貴重なご意見をいただき、それらの言葉を紡ぎ合わせていきました。
そして約8カ月もの時間をかけて完成したのが、「こころに響くアイデアで、ふとした瞬間を、ふふっと笑顔に。」 というパーパスです。私たちは商品やサービスを通じて人々の生活を便利にするだけでなく、「ちょっと面白いね」「なんだか生活が楽しくなったな」と感じてもらえるような、笑顔の瞬間を増やす存在でありたい。そのような想いが込められています。
パーパスを五感で体感する、エステーならではの浸透策
作り上げたパーパスの浸透のために行ったことを教えてください。
言葉を掲げるだけでは、パーパスは浸透しません。そこで、私たちならではの方法で、このパーパスを体感できるような仕掛けを考えました。
パーパス策定の過程で社員から集まった3万4,000語以上の言語情報をAIで解析し、そこから「エステーのかおり」とも言えるコーポレートフレグランスを創り上げた のです。香りという、形のないもので会社のアイデンティティを表現する。これは、長年香りに向き合ってきた私たちだからこそできるアプローチだと考えました。完成した香りは、北海道産トドマツの間伐材を使ったディフューザーに仕立て、全社員に配布しました。家庭に持ち帰ることで、家族との会話のきっかけにもなり、会社の目指す姿を自然な形で共有できると考えたのです。
さらに、組織体制も見直しました。「お客様相談室」を社長直轄の組織とし、お客様の声を経営に直接活かせる仕組みを整えました。これも、パーパスを実践するための重要な一手です。
日用品メーカーから「ウェルネス・カンパニー」へ
10年後にありたい姿を定めたプロセスについて教えてください。
策定したパーパスを指針として、「100日プロジェクト」の次に、10年後のありたい姿を定めました。社員たちと議論を重ねて生まれたのが、 「日用品メーカーからウェルネス・カンパニーへ」 です。
これまで当社の商品の多くは、虫食いから衣類を守る防虫剤や、嫌なニオイを消す消臭剤など、暮らしの中の「負」を解決するものが中心でした。もちろんそれらは非常に大切な役割ですが、これからはさらに日用品の枠を超えて、お客様の生活がより豊かになるような、 「ウェルネス」という付加価値を提供していきたい と考えています。
例えば、ただ良い香りがするだけでなく、その香りで心地よくリラックスできる空間を演出する。そういった商品は、もはや単なる芳香剤ではなく、ウェルネスの領域にあると言えるでしょう。この10年後にありたい姿を実現するため、新たに「ウェルネス事業本部」を立ち上げ、新事業の創出に注力しています。
香りの力で社会を豊かに。B to Bで拓く新市場
貴社のB to B事業の中で生まれた商品にはどのようなものがありますか。
ウェルネス事業では、これまでのB to Cビジネスに加えて、B to Bの領域にも積極的に挑戦しています。香りがもつ可能性は、家の中だけにとどまりません。
例えば、福井県と包括連携協定を結び、「恐竜時代のかおり」を製作しました。これは、福井県が「恐竜県」としてPRしていることに着目して生まれたアイデアです。福井県立恐竜博物館の協力の下、「恐竜がいた時代の植物の香り」などをイメージして製作しました。この香りは、大阪・関西万博の関西パビリオン内の福井県ブースや恐竜博物館で活用され、来場者の没入感をより一層高める役割を担いました。
他にも、スポーツチームと連携してスタジアム内の香りをプロデュースしたり、企業のブランドイメージを香りで表現する「かおりブランディング」事業を構想したりと、様々な企業や自治体との共創を進めています。かおりで新たな価値を創造していく。これも私たちのウェルネス事業の大きな柱です。
なぜ芳香剤メーカーが放射線測定器を?――挑戦のDNA
社会的責任と収益性の両立について、どのように考えていらっしゃいますか。
こうした新たな挑戦は、今に始まったことではありません。エステーには、もともと「世の中の人が困っているなら、我々がやる」という挑戦のDNAが根付いています。
その象徴的な例が、2011年の東日本大震災の直後に開発した放射線測定器「エアカウンター」です。当時、市場には高価で専門的な測定器しかなく、お子さんを公園で遊ばせてよいか不安に思う保護者のみなさんが、手軽に線量を測れる製品がありませんでした。
社内に放射線の専門家は一人もいませんでした。しかし、当時の社長の「うちがやるんだ」という一声で開発がスタートしました。大学の先生にも教えを請い、わずか7カ月で製品化にこぎつけました 。
採算を度外視した価格で販売したため、利益にはなりませんでしたが、「おかげで子どもを安心して外で遊ばせられるようになりました」といった感謝の手紙を数多くいただきました。この経験は、私たちの事業の本質は、お客様の不安や不便を取り除き、安心を提供することなのだと、改めて教えてくれました。
「挑戦」はハードルが高い。だから、まずは「実験」してみよう
これからの時代を担う若い人たちへのメッセージをお願いします。
こうした挑戦の文化を、特に若い世代に引き継いでいきたいと考えています。社内では、20代・30代の若手が部署の垣根を越えて新規事業を考える「NEXT」というプロジェクトも実施しています。
ただ、若い人たちに「挑戦しろ」と言っても、なかなか一歩を踏み出しにくいのも事実です。「チャレンジ」という言葉には、何かすごいアイデアを出さなければならない、というプレッシャーが伴いますから。
そこで私は最近、社内へのメッセージを少し変えました。「挑戦」ではなく、 「まずは実験してみよう」 と。
実験なら、もっと気軽に始められるはずです。思いついたアイデアを、まず手を動かして形にしてみる。営業なら、ある商品をたった1店舗でいいから、いつもと違う売り場で展開してみる。うまくいけば広げればいいし、失敗したらやめればいい。大切なのは、とにかく最初の一歩を踏み出すこと です。
私自身、この「実験」という言葉を使うことで、社員の行動がどう変わるかを確認している最中です。アプローチはどんどん変えていい。失敗の先にしか成功はありません。これからも、社員全員でたくさんの「実験」を繰り返しながら、お客様を、そして社会を「ふふっと笑顔に」できるウェルネス・カンパニーへと進化していきたいですね。


